41 / 44
訪れた朝2
光が収束する。
そっと瞼を上げると、見慣れないということに少し慣れてきた天井が見えた。
ブラインドの隙間から朝日が差し込んでいる。部屋の明るさから、いつも目覚めるよりも遅い時間であることがわかった。
「起きたか」
傍らから聞こえてきた、低く、落ち着いて耳触りのいい声。
夢の中で『マサキ』を呼んだのと同じ声だ。
『マサキ』の聴覚は、視覚ほど悪くはないものの少し聞こえにくかったから、それまで同じものとして認識したことはなかったけれど、ようやく記憶の中の二人の声が一致する。
「お……はようございます」
何気なく顔を向ければ、裸のまま上体を起こし、枕を背凭れにこちらを見ている月瀬がいて、ドキドキして挨拶を噛んでしまった。
優しい眼差しも引き締まった身体も朝日の中で見るとより眩しくて、反射的に逃げ出したくなるのをぐっとこらえる。
もう、好きになってはいけない人ではないのだから、逃げる必要などないのだ。
……とはいえ。
「何故、隠れる?」
「いえ……あの、眩しかったり恥ずかしかったり色々ありまして……」
笑い混じりの問いかけに、結局逃げ込んだ上掛けの中からもごもごこたえれば、そうか、と頷いた気配がした。
そのまま籠城を続けていると、優しい手が上掛け越しに頭を撫でる。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「~~~~~~~~~~」
辛抱強く撫でられて、根負けしてそっと顔を出した。
そんなに優しい目で見ないで欲しい。また潜りたくなってしまう。
「今日は仕事のことは考えなくていいと言われてしまったからな。君ももっとゆっくり寝ていて構わないぞ」
そう言われてもすっかり目も覚めてしまったし、互いに休日を寝て過ごすタイプではない。
気恥ずかしいのもあり、起きて朝食を作ったり家事に没頭したいところだが、もう少しだけこうしていたい気持ちが勝って、横になったまま会話を続けた。
「……月瀬さんは、夢、見ましたか?」
あれは本当に、共有している記憶なのだろうか。
『マサキ』と話していた時はあれが前世の自分の身に起こったことなのだと確信していたものの、いざこうして現実に戻ってみれば、あの世界のことを証明するものは当然だが何もない。
全て自分の妄想なのではないかという不安から、前世の夢を見ていたかと直球で聞く勇気は出なくて、曖昧な聞き方になってしまった。
探るような問いかけに、しかし月瀬は、何のことだと驚いたり誤魔化したりすることはなく、静かに頷く。
「壊れゆく……悲しい世界の夢の話だな?」
「……やっぱり、月瀬さんも」
「前世は異世界の管理者……か。あまり、よくある娯楽小説風ではなかったな」
冗談めかした言い方だが、口元には皮肉っぽい笑みが浮かんでいる。
一瞬翳った瞳から、彼もあの夢を見ることで悲しい思いをしていたのが伝わってきて、胸が痛んだ。
「『魔王』は、少しは救われたんでしょうか?」
真稀としては、やはりそれが一番気になるところだ。
最後に、ほんの少しだけ変えることができた結末を、月瀬も見ただろうか。
呟くような問いかけに、月瀬は力強く頷いた。
「ああ、君のおかげだ。昨夜は、ようやく伸ばした手が届いたので満足している」
穏やかな表情。きっと月瀬の中でも一つ区切りがついたのだろう。
安堵しながら、真稀は月瀬に微笑みかけた。
「俺じゃなくて、月瀬さんのおかげだと思います」
「私の?」
「月瀬さんが、逃げてばかりの俺をちゃんと捕まえてくれたから。だから俺も、あれじゃ駄目なんだって、気付くことができたんです」
安易にヒトであることを捨てるな、と。
ヒトであることを諦めそうになったとき、いつも月瀬が引き留めてくれた。
応えたかった。その想いに。
生きろと言ってくれた、夢の中のあの人にも。
想いを込めて見つめると、月瀬は言葉を噛み締めるように目を閉じて、「そうか」と呟く。
「私にそんな風に言ってもらえる資格があるかはわからないが、君がそう思ってくれることは嬉しい。……ありがとう」
そう言って微笑った月瀬の顔に、夢の最後に見た『魔王』が重なったような気がした。
ともだちにシェアしよう!

