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青空の下で笑う貴方と1

 月瀬のそばで過ごせる休日に胸を躍らせながら朝食の片付けを終えた真稀は、どういうわけか、つい先程出たばかりの寝室に戻ってきてしまっていた。  あれ? と首をひねる真稀をベッドに座らせ、月瀬はさっさとブラインドを下げている。  何やら人目を憚るようなことが始まりそうな気配に、真稀はにわかに戸惑った。  触ってほしい、というのは、例えば本を読む月瀬にくっついていて、時折撫でてもらえれば……程度の願望だったのだが、どうやら認識の相違があったらしい。  もちろん何が始まろうと、月瀬のそばにいられるのなら真稀に異論はない。  しかし、改めて傍らに座った月瀬に愛しげに見つめられると、むずむずと恥ずかしくなって、つい目を逸らした。  逃がした視線の先のサイドテーブルには、何冊も本が積まれている。 「つ、月瀬さんの部屋には、本がたくさんありますよね」  ベッドの対面は壁一面の本棚だし、他にも書斎として使っているらしき吹き抜けの部屋には、図書館のように本棚が立ち並んでいた。ジャンルも幅広く、専門書から洋書、文芸書にノンフィクション、ライトノベルに参考書、図鑑から児童書まで、本屋と見間違いそうな充実ぶりだ。  この部屋で暮らすようになってからも彼がゆっくりと読書をしているところなどは見かけたことがないが、これほどの本を一体いつ読んでいるのだろうと不思議に思う。  月瀬はつい無難な雑談へと逃げた真稀を性急に求めたりはせず、「本が溢れて困っている」と苦笑して肩をすくめた。 「これでも、娯楽小説の類はできる限り電子書籍で買うようにしているんだが」  紙の本が好きで、本屋に行くとつい買い込んでしまうのだそうだ。  本屋で無心に本を吟味する月瀬を思い浮かべると、なんだかちょっと微笑ましい気持ちになる。 「おすすめとかあったら教えてください」 「それは、君がどんな本が好きかによってだいぶ変わってくるな」 「俺の好きそうな本より、月瀬さんの好きな本が知りたいです」 「……私の?」 「はい。本だけじゃなくて、服とか、食べ物とか、何でもいいんですけど」  月瀬が好ましく思うものや、月瀬がどんな視点で物事を見ているのか、それを知りたい。  言葉の途中で、ふっと影が差して体温が近づいたかと思うと、月瀬の手が伸びてくる。  優しい手にするりと頬を撫でられて、こそばゆさと心地よさに身体が小さく震えた。  恐る恐る視線を合わせれば、慈しむような瞳が至近にある。 「こうしてともに過ごす時間が増えれば、きっといくらでも知る機会があるだろう。私も、もっと君を知りたいと思っている」 「月瀬さん……」  見つめる瞳が更に近くなり、ぎゅっと目を瞑ると、額に優しいキスが落ちた。  順に頰を、そして唇を啄まれると、欲しいと思う気持ちが恥ずかしさに勝り、自ら口を開いて求めてしまう。 「……ん……っ、」  おずおずと首に腕を回すとぐっと腰を抱かれて、密着した体の熱さに鼓動が跳ね上がった。  口腔内を舌で探られ、混ざり合った唾液を飲み込むと、媚薬でも飲まされたかのように体が熱くなり、それだけで中心が兆してきてしまう。 「つ、月瀬さん……、あの、俺……」  不意に脳裏を掠めた懸念に、顔を離すと息を乱しながら彼を呼んだ。 「い、いまは、おなかいっぱいで……っ」 「……そんな気分には、ならないか」  月瀬が体を離す気配がして、慌ててシャツを掴んで引き留める。 「違……っ、お、俺……。その、空腹じゃないときでも、してもらっていいんですか……?」  月瀬は、真稀の空腹を満たすためでなくても、真稀に触れたいと思ってくれるのだろうか。 「私は、君が空腹な時以外は君に触れてはいけないのか?」  困ったような顔で逆に問い返されて、もげそうなほど首を横に振った。 「お、俺は……っいつでも、月瀬さんがしたいと思ったこと、……して、欲しいです」  彼にされて嫌なことなんか、きっと一つもないだろう。  ただ、不安なのだ。  真稀にはまだ、食欲と性欲の境界がよくわからないから。 「真稀」  静かな声が、そっと名前を呼んだ。  今まで誰からもこんなに丁寧に呼ばれたことはない。  至近の真摯な双眸には、頼りない顔をした自分が映っている。  慈しむ仕草で乱れた髪を撫でられて、わけもなく泣きそうになりながら言葉の続きを待った。 「私のことを知りたいというのならば、まず、私も君のことを欲しいと思っていることを、覚えておいて欲しい。遠慮などされるよりも君の感じたことを素直に口にしてくれたほうが嬉しいことも」  低く、優しく紡がれた気持ちに、胸がぎゅっとなった。  余計なことを考えてすぐに躓く真稀の手を、月瀬はいつも優しく引いてくれる。  彼の言葉が嬉しくて、懸命に頷いた。 「す、すぐには難しいかもしれないけど……頑張ります」  最後まで言わせてもらえず、再び唇が重なる。  戸惑いを払拭できた真稀は、今度こそ月瀬の愛情に身を委ねた。

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