4 / 9

第4話

第4話 先輩、笑った  昼休み前。  午前の講義が終わって教室から出ると、廊下の端に瑛太が立っていた。 「先輩! こっちです!」  人目もはばからず全力で手を振る。ほんと犬かお前は。 「……お前、授業は?」 「終わりました! で、ランチ行きましょう」 「……別に一緒に行くって言ってない」 「言ってなくても行きます」  有無を言わせない笑顔で並んで歩き出す瑛太。  こうなるともう断るだけ体力の無駄だ。 ⸻  学食は混んでいて、二人掛けの席しか空いてなかった。  仕方なく向かい合って座ると、瑛太はトレーを置く前に俺の飲み物をストローごと覗き込む。 「それ、美味しそうですね。一口いいですか?」 「は? やだよ」 「じゃあ交換で!」 「交換って、お前の飲んだやつなんか……」  抵抗する間もなく、自分のカップを押しつけてくる。  仕方なく一口飲むと、甘ったるい味が広がった。 「どうです? 美味しいでしょう」 「……甘すぎ」 「甘いほうが、疲れとれますよ」  そう言って、満足げに俺のコーヒーを飲む瑛太。 ⸻  昼食後、購買でノートを探していたら、棚の奥に手が届かなくてちょっと背伸びした。  すると、後ろから瑛太の手がすっと伸びて、それを取ってくれる。 「はい、先輩」 「……ありがと」 「お礼、笑顔でください」 「は?」 「ほら、今ちょっと笑ったじゃないですか」  瑛太がにやりと笑って覗き込む。  ……やばい、本当に少し笑ってた。 「笑ってない」 「うそ。見ましたから」 「……うるさい」 ⸻  帰り道、瑛太はいつもより静かだった。  何か言いたげに歩いていて、駅前でようやく立ち止まる。 「今日の笑顔、けっこう好きでした」 「……勝手に評価すんな」 「じゃあ、また笑わせに来ます」  言いたいことだけ言って、満足そうに去っていく後輩の背中を見送る。  頬のあたりが、やけに落ち着かない。  ……なんで、あいつの前だと気が緩むんだ。 ⸻

ともだちにシェアしよう!