6 / 9
第6話
第6話 近すぎる鼓動
夕方。講義を終えて外に出ると、空は真っ黒で――次の瞬間、ざあっと大粒の雨が降り出した。
「……やば」
傘なんて持ってない。駅までは全力で走るしか――
「先輩!」
背後から呼ばれて振り返ると、瑛太が片手に傘を持って立っていた。
「入りましょう」
当たり前のように差し出される傘。
「いや、いい、お前だけ……」
「いいから。濡れたら風邪ひきます」
半ば強引に傘の中へ引き込まれた。
⸻
狭い傘の下。
肩と肩が触れる。髪にかかる息まで分かる距離。
「……近い」
「え? 傘、これしかないんで」
いつもみたいに笑わないで、横顔だけで答える瑛太。
不意に会話が途切れる。
耳に残るのは雨音と、やけに大きく感じる自分の心臓の音。
⸻
信号待ち。赤い光が二人を照らす。
瑛太がぽつりと口を開いた。
「やっぱり……先輩がいいな」
振り向けば、真剣な顔。
第5話のあの視線と同じ――いや、それ以上に強い。
何も返せないまま、青信号になって歩き出す。
⸻
家に着いても、瑛太の声と距離感が消えない。
肩の感触が、まだそこにある気がする。
「……なんだよ、これ」
窓の外では、まだ雨が降っていた。
胸の奥が静かに、でも確実に、揺れている。
⸻
ともだちにシェアしよう!

