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第5話 仮面の果実
※公開セックス/観客モブ/
今宵のバーは、会員制の秘めやかな領域だった。
いつもはビートを刻むフロアが、今夜はぼんやりとした淡い明かりに浸され、淫靡な静寂が漂っている。
お立ち台が淡く浮かび、ベッドやソファが点在し、天蓋のようなカーテンが揺れて、内部の秘め事をほのかに透かしていた。
甘い果実の香りが空気を満たし、時折漏れる喘ぎ声やいやらしい笑い声が耳に絡みつく。
マスターに誘われた怜司と悠は、「面白いことが起こるなら」と軽い好奇心で、
入場に必要な仮面――怜司は黒い狼、悠は銀色の猫――を手にし、会場に足を踏み入れたのだった。
仮面越しに広がる世界は、すでに欲望がとろけ合う光景で満ちていた。
カーテンの隙間から洩れる吐息、肌の擦れる音。影の揺らめきは淫靡な行為を示唆している。
フロアにいる者たちは皆一様にビジューで飾られた動物の仮面をつけ、甘い吐息に誘われてカーテンをめくったり、行きずりに唇を当て合ったり。
アルコールを楽しみながら、場の雰囲気に酔っていた。
空気の甘さが胸の奥に絡みつくように重たくのしかかる。
怜司が様子を伺うように場内を見渡すと、隣の悠が微かに息を吐いた。
「甘ったるい匂い…。今日はフロア全体がプレイエリアになってるのか?カーテンの向こうで絶対ヤってるじゃん」
はしゃぐような声色で呟きながら、悠の指が怜司の肩をなぞる。
「とはいえ、ヤってるだけならいつもと同じ、だよな」
怜司の視線がフロアを彷徨う中、どこかで金属が床を叩く乾いた音が響いた。
「…?何の音だ?」
顔を見合わせる二人。
すると、仮面の女が一人、ワイングラスを手に立ち止まり、じっとこちらを見つめてきた。
身体の線がよく解る黒いドレスを着た女は、二人を見つめた後、顎を軽く動かして「あなた達はヤらないの?」と無言で問う。
仮面の奥で瞳が濡れたように揺らめく。それが二人の好奇心を煽った。
「何、見たい?」
怜司が悠の腰に片腕を回し、女に見せつけるように唇を重ねる。仮面の下で交わる熱がじんわりと広がり、悠の吐息が怜司の口にとろりと流れ込む。
角度を変えながらキスの深さを変えると、ぶつかり合う仮面がカサカサと音を立てた。
じゃれるように唇を食んで引っ張り合いながら、濡れた音を残して唇を離す。
二人は顔を寄せて、チラリと女を見た。
「濡れた?」
その問いかけに女は満足気に微笑み、手にしたチップを床に落とす。
硬貨がカランと転がる音に、二人は視線を合わせて、いたずらっぽく笑った。
「なるほど。今夜は絡んで”魅せた”ヤツがチップをもらうのか」
「じゃあ、たっぷり見せてやろうぜ」
二人はお立ち台を選び、足を掛け、膝立ちで向かい合った。
視線が絡み合い、互いの瞳に欲望の色が揺れる。
怜司の手が悠のシャツの中へ滑りこみ、背骨をなぞるように這いあがってくる。その指先に思わず悠が身を寄せ、首筋を怜司の頬にすり寄せる。
髪にふわりと甘い果実と、微かな高揚の香り。
お互いの腕が首に、腰に回され、身体の距離が少しずつ溶けてゆく。
まずは唇を啄むように重ね合う。
舌が絡み、わずかに離れても唾液の糸が名残を引いた。悠は怜司の髪に指を遊ばせながら、その唇の感触を貪る。
「舌噛めよ…」
囁くように笑った悠に応え、怜司が舌先を軽く噛み、舌を絡めて深く口内を探る。
甘く湿った吐息が漏れ、通りかかる仮面の者たちが、謎の青年二人の艶事に思わず足を止めていく。
周囲ではカーテン越しにも淫らな影が揺れ、フロア全体が熱に浮かされている。
淫靡な夜は速度を増して…
長いキスを終え唇を離すと、仮面の奥、お互いを映す二人の瞳には欲望が揺れていた。
すぐにでも押し倒しそうな緊張感が空気を張り詰めさせる。
肌が色づいて見えるのは照明のせいだけではない。
布ごしにこすり合わせるお互いの熱は、今にも限界を迎えそうなほど――…
これは公開セックスショー。
視界の端に、集まる仮面たちの気配を感じながら、二人はゆっくりとズボンのファスナーを下ろす。
人垣が厚みを増し、チップがカラン、カランと床を転がりながら光を放った。
怜司の両手が、互いの熱を確かめるように上下する。節張った指が、二人の熱を纏めるようにしごき、悠の指先が溢れた蜜を絡めて先端を優しく弄ぶ。
快感に仰け反った悠が、怜司の首を強く引き寄せる。唇を誘導して、左胸のピアスを舐めさせれば、舌ピアスが金属と肌の境を這いまわり、悠の背が跳ねるように反る。
「ん…っ」
甘くとろけた声がこぼれ、指先が怜司の背中に爪を立てながら滑っていく。
ネオンの光が濡れた肌を妖しく照らし出す。
怜司の腰が緩急をつけて揺れ、悠の身体もまるで波に揺られるように、艶やかに揺蕩った。
その動きに合わせて、手の中でぐちゅりぐちゅりと音を立てて擦れる、互いの熱。
ギャラリーの視線が、まるで舌のように全身を這う。
床に散らばるチップの金属音が、意識の遠くでキラキラと鈍く響いていた。
唇が再び重なり、怜司の舌が悠の口内を這う。悠はいよいよ耐えきれず、唇を押し付けるようにして台の上へ怜司を押し倒す。
「ダメだ、怜司、ヤりたい…」
「全部見せるには、今夜はギャラリーの数が足りねぇだろ」
悠の震えた声に熱のこもった吐息が絡みつく。
仮面たちの息遣いも上擦っていく。
湿った音をさせて唇を重ね、怜司は悠のズボンの隙間に手を差し込み、後ろの蕾を指で撫でる。
「ぁ…」
漏れた小さな声に呼応するように、浅く、ゆっくりと指が沈んでいく。
悠の腰が我慢できず揺れるのを見て、仮面の女が一人、チップを投げて良く見える場所へ移動してきた。
悠は肩越しに振り返り、妖しく微笑んで女を見つめ、ズボン越しに怜司の手を撫でた。
「見たいの…?」
悠のズボンの下で、怜司の指が深く出し入れをするように蠢く。
布越しに何が起こっているのか…想像をかき立てられた仮面たちの喉が鳴る。
悠の指がズボンの縁をなぞってひっかけるような仕草をしては、焦らすように通り過ぎる。またひとつ、チップが床を転がった。
淫魔にとっては性器でしかない蕾は、布の下で指が蠢く度にくちゅくちゅと粘質な音を立てる。
「ふふ…。想像しな。俺のここが今どうなってるか。――何本入ってるのか。こいつが今、どのくらい深く、どこをこすりあげてるか…」
艶やかに囁きながら、悠は怜司の頬を舌で撫でる。
「ねえヤバい…、中、気持ちいい…」
「中だけか?随分こっちも悦さそうだけど?」
密着した身体の狭間で、こすれ合う二つの熱がビクビク震えた。
内側を抉る怜司の指はさらに速度を増し、悠の腰は快楽に耐えきれずくねる。
転がるチップの金属音がBGMの様に鳴りやまない。
嬌声と肉のぶつかり合う音が響くフロアに、微かな、微かな水音が立っている。
全てを見せるセックスとは、また違ったいやらしさを孕んでいた。
「あ…、そこ…好き、やめないで…」
「すげえ指締め付けられる…お前、いつもより感じてんじゃねーの?見られると燃える方…?」
「ふ…嫌いじゃないかもな、見られてんの…」
思えば、悠が怜司と3Pをしていたのも、そういった理由があったのかもしれない。
自分がよがる姿を、イク瞬間を、見せたかったのかもしれない。
――怜司に。
布ごしの音はあまりにも小さく、しかし何よりも淫らで、ギャラリーも息を潜めて音を拾おうと前のめりだった。
くちゅ、くちゅ、と音を立てて布の下で蠢く指先。
中を撫でるたび、奥で熱が膨らんでいくのが指先に伝わる。
兜合わせの熱は、解放をねだるように脈打っていた。
限界は近い。
「あっ…あ゛ぁ…イ、ク…怜司…っイっちゃ…」
「…ッイけよ…ド淫乱。見られてイけ」
怜司の言葉に、前髪と仮面の隙間から覗く悠の目は蕩けきって、口元ははしたなく微笑んでいた。
それを満足げに見て、狼が猫の目を覗き込んで囁く。
「あとでちゃんと、喰ってやるから…ッ」
ちゅぷちゅぷと指が内壁を擦り、前立腺を撫でて一定のリズムで蠢いた。何度も押し寄せる快楽の波が全身を包み、意識がくらりと遠ざかっていく。
二人の腰が一気に加速し、駆け巡る快感に身体がビクンッと跳ねた。
火照った吐息が混じり合い、絶頂が二人を飲み込む。
脈打ち、腰が震え、精液が腹を濡らしてこすれる。
びゅくびゅくと溢れる蜜がふたりの身体を穢し、やがて動きは緩やかになっていって――…
舞台の上、二人は絡み合いながら凭れ合った。
悠の中から指を引き抜くと、まだキュウキュウと締めつけられた感触が指の付け根に残っている。
悠は怜司の肩に額を寄せて息を整えていた。その黒髪を、怜司の指先が梳く。
やがて、熱の灯ったギャラリーは二人を見守った後静かに散り、床にはチップだけが取り残される。
仮面の女はワイングラスを傾け、微笑む唇を舌なめずりして立ち去った。
疼く身体をどこかで癒すために。
煌めくコインの海の中、怜司が悠の髪を軽く掴み、低く笑う。
「たまんねぇ夜だな」
くすりと笑った悠が、怜司の首筋に唇を這わせた。
「あとは狼に喰われるだけ」
視線が絡み合い、甘い果実の香りが夜の帳をさらに濃く染める。
狼と猫は、誰の視線も及ばない場所で静かに絡みだす。
それは場所に呑まれたからでも、
チップを稼ぐ為でもなく、
ただお互いを欲するがままに――
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