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第7話 崩壊する土曜日
土曜日、午前八時。
リビングのソファに、誠は昨夜から一ミリも動いていないかのように座っている。その瞳は、電源の落ちたテレビの黒い画面をただ虚ろに見つめていた。
「誠さん…」
玲二が声をかける。返事はない。
「…すみません、昨日のこと…」
謝罪の言葉も、彼には届かない。玲二の存在が見えていないかのように、誠は「憂鬱」という名の精巧な人形のように、瞼を半分伏せたまま微動だにしなかった。
昨夜の自分の、あまりに幼稚で残酷な態度。それがこの人をここまで傷つけ、心を閉ざさせてしまった。後悔と罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
時間は待ってくれない。
今日から中目黒で『共響』のポップアップショップがオープンし、玲二自身も昼にはトークイベントに出演しなければならない。朝帰りのせいで、準備の時間ももうギリギリだった。
(どうしよう…仕事に穴は開けられない…)
プロ意識と誠への心配。二つの感情の狭間で、玲二は唇を噛みしめる。生まれて初めて、本当の恐怖を感じていた。いつもどんな時も自分を受け止めてくれた、あの強くて優しい誠が、どこにもいない。
「ごめんなさい…」
その肩にそっと手を置いても、石像に触れたように何の反応も返ってこなかった。
『誠さん、昨日はごめんなさい。仕事に行ってきます。帰ったら、必ず、ちゃんと話しましょう』
震える手でそう書き置きを残し、玲二は逃げるように、静まり返った家を後にした。
◇◆◇◆◇
同日、午前10時。中目黒ポップアップ会場。
玲二が会場に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような緊張感に思わず息を呑んだ。
オープンを待つファンの長い列が、レンガ建ての建物に黒い影のように連なっている。会場の中ではメディア関係者が殺気立ったように時計を睨み、運営スタッフたちがインカムで意味のないやり取りを繰り返しながら右往左往していた。
熱狂の前触れではない。これは、事故が起きる直前の不吉な静寂だ。
そして何より、この混沌の中心にいるべき男の姿がどこにも見えなかった。
(誠さんが、いない…!)
玲二は、全身の血の気が引くのを感じた。
共同の控室では、間瀬がプロの顔をかなぐり捨て、苛立ちを隠そうともせずに腕を組んでいる。彼のチームのディレクターが萎縮して頭を下げていた。
玲二が入るなり、間瀬が猛禽類のような速さでこちらに向かってくる。
「玲二、来たか。おい、お前が紹介したコネクトプロダクションズは、どうなってんだ。責任者が来ないって、前代未聞だぞ」
その、あくまで仕事として、明確な非難を込めた口調に、玲二は返す言葉もなかった。
「すみません…!今朝から、少し、体調が…」
「体調?」間瀬は呆れたように鼻を鳴らした。「そりゃ大事にしねえとな。それで? 会社はなんて言ってるんだ?」
彼は有無を言わさぬ様子で、玲二の目の前に手のひらを突き出した。
「今、確認します」
玲二は震える指で誠の個人携帯を鳴らすが、やはり応答はない。
連絡帳アプリを開く。『誠さん♡』と登録された番号のすぐ下にある、『コネクトプロダクションズ』という無機質な文字をタップする。祈るような気持ちだった。
(大丈夫。大丈夫だ)
自分に必死に言い聞かせる。
(僕が家を出てからも、あの状態が続いているなんて信じたくない。誠は強い人だ。子供っぽいところがあるから、きっと拗ねてるだけなんだ。無断欠勤なんかするはずがない。するはずが、ない――)
『はい、コネクトプロダクションズです』
「あ、あの! 私、鵜鷺玲二と申します! 本日の中目黒のイベントの件で、担当の生稲さんと至急連絡を取りたいのですが…!」
パニックで早口になる玲二に、電話の向こうの男は数秒間何も言わなかった。その沈黙が、玲二の心臓を締め付ける。やがて、落ち着いた声が玲二の甘い楽観を打ち砕き始めた。
『ああ、失礼。『共響』の鵜鷺さんですね。お世話になっております。私、犀川と申します』
「…! 犀川…さん…?」
その名前を聞いた瞬間、玲二の頭の中でいくつもの記憶が稲妻のように結びついた。
誠を今の会社に引き抜いた敏腕プロデューサー。誠が唯一「敵わない」と尊敬と嫉妬を込めて話してくれた男。そして、潮さんから聞いた、昔、誠を熱烈に口説いていたという、あの…。
(その人が…なぜ、今…?)
『生稲は、本日、急な体調不良で欠勤となりました。連絡が行き届かず、誠に申し訳ございません。ご心配なく。私が彼の代理としてすでに全権を引き継いでおります。現場の混乱については、今から私がそちらへ向かい、直ちに収拾しますので』
そのあまりに完璧で揺るぎない声に、玲二は呆然としながらも必死に食い下がった。
「た、体調不良って…誠さんは、大丈夫なんですか!?」
すると、犀川はそれまでのビジネスライクな口調から一転、氷のように冷たい声でこう言った。
『さあ。その原因については、パートナーであるあなたのほうが、私よりもよくご存知なのでは?』
その一言を最後に、電話は一方的に切られた。
ツーツー、という無機質な音が、玲二の絶望を嘲笑っているようだった。
自分の恋人が今どうしているのかも分からない。
自分のせいで起きた仕事のトラブルも、自分では何もできない。
そして、その全てをいとも容易く掌握してみせたのは、自分が現れるずっと前から誠の才能を認め、彼を導いてきた、犀川という男――。
玲二は、喧騒の只中で、スマートフォンを氷のように冷たく感じながら、立ち尽くすことしかできなかった。
◇◆◇◆◇
土曜日、午前10時過ぎ。
玲二がパニックの中で電話をかける少し前、照明デザイナーの潮は自身の事務所で携帯を片手に眉をひそめていた。
潮:『生きてるか?』(土曜 午前9時)
潮:『おい、既読にすらならねえじゃねえか。返事しろよな』(土曜 午前10時)
丸一日近く、何の反応もない。誠の、心を閉ざすときの危険な「癖」を知っている潮の胸に、嫌な予感が広がる。
その時、ポケットの中の携帯が震えた。表示された名前は、「犀川洋昌」。
『潮くんか? 犀川だ』
「…犀川さん。どうも」
『単刀直入に言う。誠が現場に来てない。今、誠のパートナーが動揺して会社に連絡してきた。俺は今から代理として現場入りしなきゃならん。悪いが、お前、あいつの家へ行って様子を見てきてくれないか?』
「…やっぱりか。あいつ、昨日から全然返事してこないんで、今ちょうど市彦に連絡したところです。すぐ向かいます」
『頼んだぞ』
短いけれど、互いの役割を完璧に理解した会話だった。潮はプロとして犀川の手腕を信頼し、そして親友として、誠の元へと走り出した。
◇◆◇◆◇
土曜日、正午過ぎ。誠と玲二の自宅マンション。
潮は、誠の部屋の玄関の前で、ほとんど怒りに近い焦燥感を覚えていた。
インターホンを執拗に鳴らし、固いドアをドンドンと叩く。ポケットの中では誠に送り続けるメッセージの通知音が虚しく鳴り続けていた。
潮: 『来てやったぞ。開けろ』
潮: 『せめて、声聞かせろ』
潮: 『おい、俺が警察呼ばれそうなんだけど?』
その時、エレベーターを降りてハイブランドのジャケットを羽織った嘉納が、涼しい顔で合流した。
「…ダメそうね、潮ちゃん」
「ああ。完全に殻に閉じこもってる。こうなったら中から開けさせるのは無理だな」
潮が忌々しげに舌打ちする。嘉納はそんな彼を尻目に、冷静に管理人室へと向かった。
その洗練された物腰とデザイナーとしての一流の名刺を武器に、有無を言わさぬ迫力で管理人と交渉する。ほどなくして、嘉納は困惑した表情の管理人と、制服姿の警備会社のスタッフを伴って戻ってきた。
「…緊急事態ということで、立ち合いのもと、開けてくださるそうよ」
警備員がマスターキーを鍵穴に差し込み、ゆっくりとドアを開ける。
リビングのソファに、誠はいた。
部屋の主の心の状態を映すかのように、テーブルの上には手つかずの食事が冷たくなり、空気が淀んでいる。
誠は、闖入者たちを虚ろな目で、キョトンとした顔でただ見つめていた。焦点の合わない、大きく見開かれた瞳。そこには何の感情も浮かんでいない。まるで美しいガラス玉のようだった。
最悪の事態は避けられたことに、潮と嘉納はまず心の底から安堵した。
潮はすぐに我に返ると、管理人と警備員に向かって深く頭を下げる。
「…すみません、お騒がせしました。ご覧の通り、生きているのは確認できました。どうやらひどく落ち込んで塞ぎ込んでいただけのようです。俺たちはこいつの幼馴染でして。本当に、ありがとうございました」
嘉納もスマートに財布から数枚の紙幣を抜き取ると、「これは、ほんの気持ちですわ」と心付けとして管理人たちの手に握らせた。
丁寧な礼と共に二人を見送ると、ドアの鍵がカチャリ、と閉まる。
部屋には三人の男だけが残された。そして、親友たちによる強引な救出劇が始まる。
「誠、ごねるな! いいから行くぞ!」
「そうよ、マコちゃん。みっともないわね。そんな顔でうじうじして、イイ男が台無しだわ」
「……ほっといて、くれ…」
かろうじて絞り出したか弱い抵抗の声を、二人の友人は完全に無視して誠の両脇をがっしりと固めた。腕を掴むと、そのあまりの軽さと抵抗力のなさに、潮は胸が痛んだ。
なすすべもなく、まるで操り人形のように、誠は外へと引きずられていった。
◇◆◇◆◇
土曜日、昼過ぎ。中目黒ポップアップ会場。
ステージ上の眩いスポットライト。鳴り響く歓声。
その全てが、今の玲二には分厚いガラスを一枚隔てた、遠い世界の出来事のように感じられた。
心は、ここにはない。朝、静まり返ったリビングに残してきた、石のようになってしまった恋人の元に囚われたままだった。
「――ということで、U-sagiさん!今回のコラボで、一番こだわった点はどこですか?」
司会者から不意にマイクを向けられる。
「え…あ、はい。そう、ですね…。光、です。やっぱり、光が…」
しどろもどろで、的外れな答え。会場がかすかにざわめく。
(ダメだ、集中しないと…)
焦れば焦るほど頭は真っ白になっていく。その凍りついた空気を、隣にいた間瀬が見事なアドリブで打ち破った。
「こいつ、今日、ちょっと熱っぽいんですよ」
間瀬はそう言うと、玲二の額に自分の額をこつん、と合わせた。
「んー、熱はないな。寝不足か? まあ、こいつの創るものは、いつだって夢の中みたいに綺麗だからな」
キャーーッという、女性ファンたちの割れんばかりの悲鳴。間瀬は玲二の肩を強く抱き、完璧なファンサービスで玲二の失態を「天然キャラ」という名のエンターテイメントへと昇華させてみせた。
一回目のイベントが終わり、玲二は逃げるように控室へと戻った。プロとして最低の仕事をしてしまった自己嫌悪に唇を噛む。
その時、ポケットの携帯が震えた。表示されたのは、「潮さん」の名前。
『誠、俺たちといるから、夜まで預かる。あんたは、あんたの仕事に集中しろ』
そのぶっきらぼうでいて温かいメッセージを読んだ瞬間、玲二の張り詰めていた心の糸がぷつりと切れた。
(…よかった)
涙が滲む。
(そうか、潮さんたちが飲みに連れ出してくれたんだ。ただ拗ねてただけなんだ。いつもの、子供っぽい誠さんなんだ)
最悪の事態ばかりを想像していた玲二は、そのメッセージを自分にとってあまりに都合よく、そして甘く解釈した。
その安堵は劇薬だった。二回目以降のトークイベントで、彼は完璧なインフルエンサー『U-sagi』としてファンを魅了することができた。
◇◆◇◆◇
同日、夜。新宿、ガード下。
電車が頭上を通り過ぎるたびに、ガタン、ゴトン、と地響きがする。赤提灯が照らす煙たい焼き鳥屋。その昔ながらの店のカウンターに、三人の男は窮屈そうに並んでいた。
中央に座る誠はまだ虚ろな目のまま黙り込んでいる。その魂は、まだあの静まり返ったリビングに囚われたままだった。
両隣に座る潮と嘉納は、そんな彼の不調などまるで存在しないかのように、いつものどうしようもなく馬鹿馬鹿しい話で大声で笑い合っていた。
「だから! 今年のジャイアンツはキャッチャーが弱いんだって!あそこのリードじゃピッチャーが可哀想だろ!」
「野球の話されてもわかんないっつーの。あたしがわかるスポーツはフェンシングと馬術だけよ。それより、この前パリで見た新人のショーが素敵だったの。モデルの子たちもイイ男ばかりで…」
「知るか、そんなもん!」
「あらなに、潮ちゃん、もしかして妬いてる?」
(…うるさいな)
誠の耳に、二人の声がまるで遠い世界の音のように届く。
(こいつら、昔から、なんにも変わらない)
野球の話とファッションの話。混ざり合うわけがない。それでもこの二人はいつだってこうやって、めちゃくちゃな会話を楽しそうに続けるのだ。
その変わらない馬鹿馬鹿しさが、今は少しだけ、ほんの少しだけ、心の凍てついた部分を温めるような気もした。
「…それより、誠、このハツ美味いぞ。食え」
不意に、潮が湯気の立つ焼き鳥の串を強引に誠の口元に押し付けた。
タレの香ばしい匂い。
誠は迷惑そうに顔をしかめた。潮は引かない。
やがて観念したように、誠は小さく口を開けた。塩気の効いた熱い肉の感触が、久しぶりに舌の上に広がる。
咀嚼し、飲み込む。
そして差し出されたビールジョッキを手に取り、ゆっくりと一口だけ喉に流し込んだ。
それは、誠がこの長い一日の中で初めて見せた、自発的な行動だった。
夜明けはまだ遠い。腐れ縁の親友たちが創り出した不器用で温かい灯火の中で、壊れてしまった彼の心は、ほんの少しだけ再生への道を歩み始めていた。
店を出ると、新宿の夜風が酔いの回った体にひやりと心地よかった。
潮は、まだおぼつかない足取りの誠の肩を支えながら言った。
「誠。今夜は、お前、うちに来い。鵜鷺の奴と顔合わせても、どうせろくなことになんねえだろ」
すると、それまでされるがままだった誠が、初めてはっきりとした意志を見せた。
彼は、潮の腕をそっと振り払う。
「…やだ。帰る」
その子供のようでいて頑なな声に、潮も嘉納も顔を見合わせた。
「帰るって…あの部屋にか?」と潮が訊ねる。「やめとけよ。今は頭を冷やした方がいい」
「潮ちゃんの言う通りだわ。ちょっと距離を置きなさいな」
それでも誠は二人の忠告に耳も貸さず、ふらつきながら大通りへ向かうと、おぼつかない手つきでタクシーを止めようとする。
「……家に、帰るんだ」
誠はほとんど無意識にそう呟いていた。
(…帰る場所はあそこだ。ほかの場所に居場所なんかない)
その壊れたレコードのように繰り返される言葉に、彼の玲二への断ち切れない想いの深さを感じて、潮はもう何も言えなかった。
やがて一台のタクシーが停まる。誠がよろめきながら後部座席に乗り込むと、潮と嘉納は顔を見合わせて大きくため息をつき、まるで護送するようにその両隣へと乗り込んだ。
車内は重い沈黙に包まれていた。
誠はただ、窓の外を流れていく東京の夜景をぼんやりと見つめている。
やがて、タクシーが見慣れた自宅マンションのエントランスへと滑り込んだ、まさにその時だった。
自動ドアが開き、中から玲二が血の気の引いた顔で飛び出してくるのが見えた。潮から送られた『今から、誠を送り届ける』のメッセージを受け取り、居ても立ってもいられず迎えに出てきたのだろう。
玲二がタクシーに気づき、駆け寄ってくる。
その姿を窓越しに認めた瞬間、誠の体が石のように硬直した。
「マコ、着いたぞ。降りろ」
潮がドアを開けて促す。
誠は動かない。それどころか、玲二がいる外とは反対側の座席の奥へと、じりじりと身を縮めていく。
「…やっぱ、だめだ」
「はあ?」
「…俺は帰らねえ。潮、泊めてくれよ…」
さっきまであれほど「家に帰る」と頑なに言い張っていた男が、今、その家の主を目の前にして必死に帰宅を拒否している。
そのあまりに痛々しく矛盾した姿に、潮は胸が締め付けられる思いだった。
「…誠、いい加減にしろ!」
「…やめろよ、やだって…!」
潮と嘉納はもう一度顔を見合わせた。そして覚悟を決める。
二人は半ばパニックで後ずさる誠の腕を左右からがっしりと掴むと、ほとんど力ずくでタクシーの外へと引きずり出した。
その目の前で、誠はまるで罪人のように友人たちに両脇を固められ、自分の恋人から顔をそらしたまま立ち尽くしている。
(ああ、そうだ…)
誠の頭の中で、玲二の放った言葉が冷たく反響した。
『あなたとは、違う』
(きらびやかな『U-sagi』の世界。その光の外に置かれた「特別」という名の檻。そこにいる俺は、お前にとって、きっと、『恥』なんだ)
たとえ間瀬とのことがただの演出だったとしても。
俺が、お前にとって世間に知られたら困る、日陰の存在であることに変わりはない。
そして、もうお前の心は、俺の傍にはいない。
(それなら、帰る意味なんて、もう、どこにもないじゃないか)
誠は、自分の魂がじわりと、光の届かない冷たい澱の中へと沈んでいくのを、ただ感じていた。
◇◆◇◆◇
同日、深夜。
仕事の全てを終えた玲二は、安堵と、誠への申し訳なさを胸に、タクシーを飛ばして自宅マンションへと戻った。
エントランスに着いたちょうどその時、潮から『今から、誠を送り届ける』というメッセージを受け取る。
エレベーターホールで待っているとドアが開き、潮と嘉納が、ぐったりとした誠を二人りがかりで支えながら出てきた。
その姿を見た瞬間、玲二の根拠のない楽観は粉々に砕け散った。
そこにいたのは「いつもの誠さん」ではない。朝と同じ、魂の抜け殻だった。
「お二人とも…本当に、…ありがとうございます」
かろうじて絞り出した声は震えていた。玲二が心配そうに「誠さん、大丈夫ですか」と誠の顔を覗き込むと、誠はぷいと顔を背けた。
鋭い痛みが玲二の胸を貫く。今朝の無反応に比べれば、その「拒絶」ですら人間的な反応に思えた。
潮たちから、誠がほとんど何も食べていないことを聞かされ、玲二は自分の犯した過ちの深さを、そして自分の楽観がいかに愚かだったかを思い知る。
友人が帰った後も、誠はソファから動かない。玲二が隣に座ると、静かに距離を置かれた。
そのあまりに雄弁な拒絶の仕草に、玲二の瞳から堪えていた涙が一筋こぼれ落ちた。
彼は、ようやく現実を受け入れ始めたのだ。
(いい。それでいいんです、誠さん)
彼は心の中で語りかけた。
(僕があなたにしてしまったことの、これは罰だから)
(でも、僕はもうどこにも行かない。逃げたりしない)
(あなたが、僕をもう一度見てくれるまで。ずっと、ここにいますから)
かつて自分が彼にかけた慰めの言葉。
その言葉を、今度は自分自身の未来への誓いとして、玲二は暗闇の中で固く、固く、握りしめていた。
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