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第13話 真の目撃者

個展の戦略を練り上げて数日後の夜。 作戦室と化したミーティングルームで、誠は一人、SNSのダイレクトメッセージ画面を前に、深く息を吸い込んだ。これから行うのは、大きな賭けだった。 『はじめまして、突然のご連絡失礼いたします。私は、イベント会社コネクトプロダクションズでプロデューサーをしております、生稲 誠と申します』 あの「惚れバレ写真」の元になったセルフィーを投稿した、女性のアカウント。彼女のプロフィール画面を、もう何度開いては閉じたことだろう。 警戒されるかもしれない。無視されるかもしれない。あるいは、この連絡自体を晒され、新たな炎上の火種になるかもしれない。 プロデューサーとして、そして一人の人間としての最後の矜持として、あの写真を、あの「真実の目撃者」の許可なく物語の核に据えることはできない。 誠は意を決すると、震える指で作成したメッセージを送信した。 返信は、彼が想像していたよりもずっと速く、そして熱を帯びていた。 『生稲 誠さん……! 本物ですか!? ご連絡いただけて、本当に、本当に嬉しいです! もちろんです、あの写真、ぜひ使ってください! 元データもすぐに送ります! 実は、あの時のこと、ずっと心に引っかかってて…。私は、見ていたんです。あなたがU-sagiさんを見る目も、U-sagiさんがあなたの名前を呼ぶ、あの甘い声も。すごくお似合いで、幸せな気持ちで撮った、私にとっても宝物の一枚でした。 それなのに、私の写真が切り取られて、生稲さんをストーカーだと叩く『証拠』として使われているのを見て、本当に腹が立って、そして申し訳なくて…。 当時、私もXで『全然そんな雰囲気じゃなかったです!』って反論したんです。でも、『お前もストーカーの仲間か』ってみんなから叩かれて…怖くなって、ポストを消してしまいました。 何もできなかった自分が、ずっと悔しかったんです。 だから、もし私の写真が、二人の真実を伝える力になるなら、こんなに嬉しいことはありません。応援しています!絶対に、個展、見に行きます!』 誠は何度も、何度も、そのメッセージを読み返した。 (きっかけを作った張本人だと、心のどこかで責める気持ちさえあった。違った……) 彼はスマートフォンの画面を、慈しむように指でそっと撫でる。 (この人は、見てくれていたんだ。俺の、あの締まりのない顔だけじゃない。俺を見る玲二の顔も。俺と玲二がいた、あの場所の空気も。全部わかった上で、応援してくれていたんだ……) ネットという巨大な悪意の渦の中で、たった一人、最初から自分たちの味方がいた。 そしてその彼女もまた、真実を語ろうとして数の暴力に口を封じられた、もう一人の被害者だった。 その事実に、思わず目頭が熱くなるのを止められなかった。 誠の胸に、彼女の最後の言葉が温かく響いていた。 『応援しています!絶対に、個展、見に行きます!』 (復讐とか、反撃とかじゃない) 誠は固く、拳を握りしめた。 (彼女みたいに、SNSの暴力的な空気を前に黙ることでしか自分を護れなかった人は、きっとほかにもいたはずだ。俺と玲二の真実を、本当は信じて見守っていてくれた人たちの想いに応えるためにも、戦わなくちゃならないんだ) それは、これから始まる孤独な戦いに挑もうとしていた誠にとって、暗闇の中で見つけた、たった一つの、そして何よりも力強い、温かい灯火のように思えたのだった。

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