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第14話 仕掛け人 vs 仕掛け人
個展の開催発表とPV第一弾の公開準備が着々と進んでいた、ある日の午後。
コネクトプロダクションズのミーティングルーム――今やチームの「作戦室」と化しているその部屋の張り詰めた空気の中を、誠の低い声が走っていた。ホワイトボードはアイデアで埋め尽くされ、テーブルには冷めたコーヒーと企画資料が散乱している。
「…第一弾の構成案はこれでいく。玲二、ナレーションの収録は明後日だ。潮、映像に合わせる照明のデモを――」
その時だった。控えめなノックと共に、若い部下が恐る恐る顔を覗かせた。
「生稲さん、お客様です。『maze』の間瀬さんが、お見えになっています」
その名前に、室内の空気が一瞬で密度を増した。玲二と潮が、息を呑んで誠の顔を見る。誠は表情一つ変えずに「…わかった。通してくれ」とだけ言うと、二人に向かって顎で部屋の外を示した。
「潮、玲二。少し席を外してくれ。ここは俺が話す」
玲二は不安を隠せない瞳で誠を見つめる。誠はそんな恋人に「大丈夫だ」とでも言うように、静かに一度だけ頷いてみせた。
作戦室から出た二人は、休憩室の自販機でコーヒーを買った。潮が自分の分と一緒に、玲二の分のボタンも押してやる。
「大丈夫だ、鵜鷺。誠を信じとけよ」
「…はい。ただ、晃さんは少し癖があるので…。少し、怖いです」
「だろうな」と潮は笑う。「あいつは、ああみえて獣を手なずけるのが巧いっていうか、そういう才能があるから大丈夫だろ」
玲二は熱い缶を両手で包み込んだ。
(誠さんが、晃さんと話す…。でも、大丈夫。あの人はもう一人で全部抱え込んでいた昔の誠さんじゃない。全てを計算し、最善の未来を創り出す最高のプロデューサーだ。俺は、ただ信じて待っていよう)
その信頼が、今、作戦室にいる男の最大の武器だった。
数分後、作戦室に間瀬晃が一人で入ってきた。ラフな出で立ちにもかかわらず、その全身から発散されるスターのオーラは、部屋の空気を支配するのに十分だった。彼は壁に貼られた膨大な絵コンテや資料を、まるで美術品でも鑑定するように面白そうに一瞥すると、テーブルの向こう側に立つ誠に向かって不敵な笑みを浮かべた。
「どうも。mazeこと間瀬晃です。おたくの玲二くんから、昔のフィルムを使いたいって話は聞いてる」
「プロデューサーの生稲です。本日はご足労いただきありがとうございます。どうぞ、おかけください。散らかってますが」
探り合うような沈黙。先に口を開いたのは間瀬だった。
「あんたが、あの『KANO』のローンチパーティーを手がけた生稲誠か。噂は聞いてるぜ」
「光栄です」
間瀬は誠の目を、射抜くように見つめた。
「で、本題だ。あのメイキング映像、本気で使う気か? ずいぶん生々しい素材だから、見る奴によってはかなり……“誤解”を生むと思う。扱いには注意がいるが大丈夫なのか」
それは挑発だった。この素材の爆発力を本当に理解して制御できるのか?という、仕掛け人同士の問いかけ。
誠は、その挑戦を真正面から受け止めた。
「誤解、ですか。俺は、それも全て含めて、今回の個展で提示すべき『物語』の一部だと考えています」
「……へえ」
「出せる素材は全て出す。様々な角度からの視点があって初めて、『真実』は立体的になる。そうでしょう?」
間瀬は数秒間、黙って誠の顔を見つめていた。やがて、堪えきれないというように声を上げて笑い出した。
「ははっ、なるほどな! 面白い。やっぱりあんた、面白いぜ、生稲誠!」
彼はテーブルに手をつくと、身を乗り出すようにして言った。
「いいぜ、フィルムは自由に使え。その代わり、条件が二つある」
「聞きましょう」
「一つ。クレジットには『Special Guest: maze』として俺個人の名前も載せろ。そして二つ目…」
間瀬は、最高のショーを期待する観客のように目を輝かせた。
「個展の初日、俺をゲストとして招待しろ。あんたが仕掛けるその物語の結末を、特等席で見物させてもらうぜ、プロデューサー」
誠は静かに頷いた。
「…ええ。最高の席をご用意します。いらっしゃるなら、初日のトークイベントにもご登壇いただきたい」
今度は誠が仕掛ける番だった。彼はわずかに首をかしげ、目を細める。その瞳は冷徹なプロデューサーのそれだった。
「『共響』は素晴らしい企画だった。玲二のファンにも、あなたのファンにも美しい夢を見せた。だからこそ、その魔法を解いてしまうことになる俺の企画に、仕掛け人であるあなたにも参加してほしい。魔法をかけたあなたの言葉で掬い上げ、彼女たちの熱狂に新しい『着地点』を示してやってほしいんだ」
誠は一呼吸置いた。その瞳はもうただの交渉相手ではなく、共に戦うパートナーを見る目をしていた。
「それに、俺の企画書を読んだ上でここに来たならお分かりでしょうが、あなた自身も誠意ある言葉を発信しない限り、この個C展はあなたにも批判の火の粉が及ぶ可能性がある。そんな風に生贄を作るようなことをして間瀬さんが苦しんだり、熱狂的なファンの子たちに同じ事をさせるのは、俺の本意じゃない」
正直すぎるほどの指摘。それは的確に本質を捉えていた。
間瀬は一瞬目を丸くした後、心底楽しそうに再び笑った。
「…あんたのその情熱、俺のクリエイターの魂に灼きついたぜ」
彼は敵意も警戒心ももうどこにもない、ただ純粋な興味と初めて見せるリスペクトを浮かべた目で、誠に言った。
「いいぜ。mazeは生稲誠からの出演依頼を請けるよ。あんたのこと、マコって呼んでいい?」
それは、二人のプロフェッショナルが互いの力を認め合い、危険な「共犯者」になることを決めた、暗黙の契約だった。
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