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第16話 企み
PV第一弾『光』が公開され、SNSが「謎解き」の熱狂に包まれた数日後の夜。
作戦室では、プロモーション最終段階にむけて、「クラウドファンディング」の詳細が詰められていた。
再び作戦室に集まった三人の前で、嘉納は、自信に満ちた顔で、クラウドファンディングの企画案をモニターに映し出した。そのあまりに大胆で、ファン心理を的確に突いた内容に、潮と玲二は「すげえ…」「すごい…」と異口同音の感嘆の声を漏らす。
だけど、誠だけは、ある一点を指さして、思わず声を荒げた。
「おいイッチー! ふざけるな、こんなの、やりすぎだろ! なんだよ、この『二人によるウェルカムトーク』って! なんで俺までツアーガイドにキャストされてんだよ!?」
画面には「【限定二十人様】VIPプレビューツアー:アーティスト『U-sagi』とプロデューサー生稲誠が、一夜限りであなただけのために、作品の全てを語り尽くします」という、最高額支援者向けの返礼品が、デカデカと表示されていた。
「何言ってるのよ。あんたたち、この個展に人生懸けてるんでしょ?」
嘉納は、長い指でやれやれとこめかみを押さえた。
「中途半端な覚悟じゃ、人の心は動かせないわよ。この個展の三分の二はあんたが被写体なのよ? 主役が気張らなくてどうすんの。腹を括んなさいよ」
「いいんじゃねえか、誠?」と、潮がニヤリと笑う。「結婚式の高砂みたいなもんだろ。こんだけ世間を騒がせたんだ。ファンへの最高のプレゼントになるぜ。…それに、お前、昔からそうだもんな。文化祭の実行委員やった時も、裏で全部仕切るくせに、ステージに上げられそうになると、顔真っ赤にして逃げ回ってたよな」
「うっ…昔の話を出すな!」
幼馴染からの思わぬ暴露に、誠がたじろぐ。その様子を見て、玲二がハッとした顔で、キラキラと輝く瞳を誠に向けた。
「やりましょう、誠さん! 僕、やりたいです。僕たちのことを、本当に信じて、支えてくれる人たちに、僕たちの口から、直接、感謝を伝えたいんです」
右からは、からかうような親友の視線。
左からは、尊敬と懇願に満ちた恋人の視線。
そして正面からは、「さあ、どうするの?」とでも言いたげな、嘉納の鋭い視線。
完全に、包囲されていた。
誠は、観念したように、大きく、大きくため息をつくと、わざとふんぞり返って、腕を組んだ。
「……わかったよ。好きにしろ」
仏頂面だけど、耳も首も赤く染まっている姿を見て、嘉納が楽しそうに、追い打ちをかけるようにからかった。
「あらあら、マコちゃん、かわいいわね。照れちゃって」
「るっせえ!照れてねえッ!」
こうして、プロデューサー生稲誠のささやかな抵抗は、仲間たちの愛ある連携プレーによって、あっけなく鎮圧された。
『U-sagi』初個展『Truth & Proof』応援プロジェクトは、東京という大きな年の片隅で着々と準備が進められていった。
このプロジェクトが世に公開されるのは、全ての予告編フィルムが出揃い、世間の憶測と議論が最高潮に達した、その時。そうでなければ、「フェア」ではないからだ。
誠と玲二の二人は、ただの「観客」ではない、「仲間」として集ってくれる未来の支援者たちのために、最高の返礼品を準備し始めた。
その時、誠の携帯が鳴った。外部の映像監督からの、急な打ち合わせの呼び出しだった。
「悪い、俺、ちょっと出てくる。ここの片付け、頼んでもいいか」
誠が、慌ただしく作戦室を出ていく。
部屋には、玲二、潮、嘉納の三人が残された。
潮が、まだ玲二を無視するように、黙々と資料を片付け始める。その気まずい沈黙を破ったのは、玲二だった。
彼は、潮と嘉納、二人の前に、深く、頭を下げた。
「潮さん、嘉納さん。…誠さんには、内緒で、お二人に、どうしても、お願いしたいことがあるんです」
その、あまりに真剣な声に、潮と嘉納の動きが、ぴたりと止まる。
玲二の顔には、もう、迷いも、弱さもなかった。ただ、絶対的な覚悟だけが、宿っていた。
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