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第17話 PVⅡ『影』

制作現場ではプロモーションフィルム第二弾の編集作業で、誠は、映像編集スタジオの暗闇の中で、モニターの光だけを浴びていた。隣には、腕利きの映像ディレクターが座っている。画面には、予告編ショートフィルムの第二弾のラフ編集版が流れていた。 玲二が撮り続けている街並みを移した写真。黄昏時の都市を映した空の色合いと人口のビル群のコントラストが聞いているもの。シャッターを開いたまま定点固定して、日中なのに誰も映っていないビジネス街の写真。工場地区近くのレンガの壁の居住区の建物から除く、大きな橋の写真。雨の日の暗い町中で、ほっこりとした灯りをつける小さなカフェの灯りが印象的な写真。 そして、映像の最後に、玲二自身のナレーションが、静かに重なる。 『僕のファインダーは、いつも光を追いかけていた。きらきらと輝く、優しい光を。 でも、強い光は、必ず濃い影を生むことを…僕は、まだ知らなかった』 音声のあとに、玲二が隣にいる人物の肩に手をまわしている写真に、嘉納のエフェクトが重なって、黒い画面にフィードアウトしていく。 「…誠さん。ここのBGM、どうします?」 ディレクターの問いに、誠は胸に込み上げる痛みを押し殺し、プロデューサーの顔で答えた。 「もう少しだけ、感傷的に。この後第三弾に続くから。期待と不安が入り混じる感じで、お願いします」 ◇◆◇◆◇ そして、ほどなくして予告編第二弾が公開された、金曜の夜。 誠と玲二は、固唾をのんでSNSの反応を見守っていた。ハッシュタグ「#TruthAndProof」で検索すると、そこには、二人が予想していた以上の熱狂が渦巻いていた。 『何この予告……映画みたい』 『ストーリーものなの?』 『「濃い影」って、やっぱりストーカーのことだよね…辛い』 『有料でもいいから全部見せてくれ…!』 『絶対行く。この物語の結末、絶対に見届ける』 それは、かつて二人を傷つけた、無責任な悪意の奔流ではなかった。物語の登場人物に感情移移入し、その行方を案じる、温かい応援の声だった。 玲二の瞳が、涙で潤む。彼は、隣にいる誠の腕をぎゅっと掴んだ。 「誠さん…。みんな…待っててくれてる……」 「ああ、次が勝負だぞ」 誠は、そんな恋人の肩を強く抱き寄せた。 まだ何も始まっていない。会場の設営も、照明のプランも、これからだ。 だけど、確かな手応えを感じていた。 PV第二弾『影』が公開され、誠への「ストーカー」疑惑が、プロモーション戦略によって、皮肉にも再燃している頃。 深夜の作戦室は、珍しく、ほとんどの照明が落とされ、暗闇に包まれていた。 その暗闇の中心で、潮と玲二が、ノートパソコンの画面を、二人きりで、真剣に覗き込んでいる。潮が持ち込んだ、一台の強力なスポットライトだけが、彼らの手元と、壁に貼られた一枚の写真を、静かに照らし出していた。 それは、あの『空が燃えた日』の、夕焼けの写真だった。 「…この写真に、ただ光を当てるだけじゃ、ダメなんだ」 潮が、プロの目で、厳しい声を出す。 「玲二くんの言う、『絶望の中の、希望の光』を表現するには、光の『質』と『角度』が、コンマミリ単位で重要になる」 誠と嘉納は、少し離れた場所から、その光景を、黙って見守っていた。 あの、玲二に対して、氷のような視線しか向けなかった潮が。今は、アーティストとしての玲二に、真剣に向き合い、議論を交わしている。 そして、ごく自然に、彼のことを「玲二くん」と呼んでいる。 誠は、その光景を、眩しいものを見るように、目を細めた。 (…仲直り、したんだな) 何があったかは、知らない。でも、それでいい。 俺のいないところで、あいつらが、自分たちの力で、絆を作ってくれた。 それ以上に、嬉しいことはない。 誠の口元に、誰にも気づかれない、穏やかな笑みが、浮かんだ。

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