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第18話 PVⅢ真実

そして、全ての謎が、一つの愛の物語へと収束する、PV第三弾『再生』の公開を数時間後に控えた、金曜の夜。 作戦室には、誠と玲二、二人だけが残っていた。 最終チェックを終えた映像が、モニターの中で、静かに再生されている。コルクボードの写真、黒いペンキ、そして、玲二の、決意に満ちたナレーション。 「……これ、本当に、大丈夫ですかね」 玲二が、不安そうに呟いた。自分の、最も柔らかい部分を、もう一度、世界に晒すのだ。その恐怖は、計り知れない。 誠は、返事をしなかった。 ただ、静かに、テーブルの下で、震える恋人の手を、力強く、握りしめた。 「俺がお前を好きだってこと、お前は知ってるだろ」 誠は、モニターを見つめたまま、言った。 「俺は平気だよ。お前も、もう、ファンを信じていいと思うぞ」 短いけど、絶対的な確信に満ちた言葉に、玲二は、こくりと頷いた。 もう、一人じゃない。 この、嵐の海を、一緒に渡ってくれる人が、隣にいる。 そして、夜9時。最後の予告編が、世界に投下された。 SNS上での「#TruthAndProof考察」合戦は、もはや社会現象と呼べるほどの熱狂を見せ、「誠=冷徹な黒幕」説と「誠=全てを操る稀代の詐欺師」説が激しく火花を散らしている。その混沌の渦の中心に、全てを決定づける、最後の爆弾が投下されたのだ。 映像は、これまでの二本とは全く違う、痛々しいほどの静けさで始まる。 黒い画面に、玲二の柔らかな声は、悔恨がにじんでだ。 『誰にでも、間違いはあります』 その声と共に、画面に映し出されるのは、一枚のコルクボード。そこには、これまで誰も見たことがなかった、誠と玲二の、ありふれてどこにでもあるような幸せな時間を切り取った、たくさんのプライベート写真が無造作に貼られている。二人が過ごしてきた、確かな愛情の軌跡。 だけど、その温かい記憶の壁に、突如、現実の悪意が襲いかかる。 黒いペンキが、まるで誹謗中傷そのものが形になったかのように、無慈悲に投げつけられる。ベットリと垂れる黒い液体が、二人の笑顔を覆い隠していく。やがて、その黒の上に、白抜きの、残酷な言葉が浮かび上がる。 『PUBLIC / PRIVATE』 不協和音のようなBGMと共に、画面は街の摩天楼を見下ろす、孤独な夜の部屋へと変わる。テーブルに置かれた一台の携帯の画面に、あの、美しくも不穏な「夕焼けの写真」が映し出されている。そして次の瞬間、その美しい風景は、無数の携帯を持つ亡霊のような手によって取り囲まれ、ノイズにまみれていく。 だけど、それでも。 中央に映る夕焼けの風景だけは、どんな悪意にも汚されることなく、ただ、静かに、そして柔らかく輝き続けていた。 画面が、ゆっくりと暗転する。全ての音が消える。 そして、再び、玲二の声が聞こえる。今度は、迷いを振り切ったような、力強い響きで。 『間違いに気が付いたら、そのときは、やり直せばいいんです』 これまでの、謎解きのようなスリリングな予告編とは、全く違う。それは、あまりに切なく、誠実で、そして力強い、玲二本人からの魂の「メッセージ」だった。 一拍の、沈黙。そして、黒い画面に、静かに、白い文字が浮かび上がる。 『事実はひとつ、真実はそれを知った人の数だけ』 そして、映像が終わり、黒い画面に、 エキシビジョンのロゴが静かに浮かび上がって、新たな文字が、一言ずつ、静かに表示された。 『この物語の、最初の証人になってください』 クラウドファンディング 週明け月曜 夜9時 START この映像が公開された直後、数分間、SNSは不気味なほどの静寂に包まれた。あれほど激しく対立していた「誠=悪者」派も、「誠=仕掛け人」派も、この映像の前では意味をなさなかったからだ。 誰もが、ただ、傷つき、間違い、それでも再生しようともがく、二人の人間のあまりに誠実な魂に触れて、言葉を失っていた。 やがて、その静寂を破ったのは、分析や考察ではなかった。もっと、原始的な感情の奔流だった。 『泣いた。ただ、泣いた』 その一言だけのポストが、まるで伝染病のようにタイムラインを埋め尽くしていく。 『そういうことだったのか……。これは、二人の“やり直し”の物語なんだ』 『PUBLICとPRIVATEのペンキのシーン、辛すぎて胸が張り裂けそう』 『最後の言葉が、今の自分に刺さりすぎてる』 『お願いだから、絶対に、二人には幸せになってほしい』 そして、熱狂は、一つの巨大な「意志」へと収束していく。 『「証人になる」って…当たり前じゃないか!ならせてくれ!』 『月曜夜9時、絶対に忘れない。これはもう、ただの買い物じゃない。私からの“ご祝儀”だ!』 『サーバーダウンするぞこれ…。みんな、準備はいいか!最高のスタートを、私たちの手で切らせてあげよう!』 誠の仕掛けた壮大なミステリーは、玲二の誠実な告白によって、最高のラブストーリーとして、その幕開けを迎えようとしていた。 人々の心は、もう完全に、二人の物語の「証人」になる準備ができていた。その熱狂は、週明けの月曜夜9時、日本のクラウドファンディング史上、類を見ないほどの記録を打ち立てることになる。

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