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第3話

3. 「南……だよなこれは」 「あぁ、十中八九南であろうな」  人のごった返す市のあたりまで降りてきた俺とアーサーは、口々にそう呟いた。  目の前に広がるのは、南国特有の陽気な音楽、それに合わせて踊る陽気な人々、そして市場の台に並ぶパステルカラーの果物達。路肩に生える南国にしかない背の高い葉の大きな木々が「ようこそ!南国へ!」と言わんばかりに林立している。  一旦手を離し、各々周辺を観察する事にした。  南国に来るのはこれが初めて。行き交う人々が「よぉ!」と軽い挨拶を交わしてくるので、それに手を挙げながら応えていると、スっと目の前に|艶《つや》やかな黄色い果物が差し出された。 「な、何? これ、どうしたの」  手の主である美丈夫に視線を移すと、既にその果物に口を付け、更に腕の中には山のようにその果物が入った紙袋が持たれていた。 「美味そうだなとあそこの市場のマダムに言ったら、『お兄さんカッコイイからこれ持って行って! 今日取れすぎちゃったのよー』と大量にくれたんだが……美味いな、これ。気に入ったぞ」  そう呑気に口を動かすアーサーに、思わず口から溜め息が漏れた。 「いや、そんなにいっぱいだめだろ……」 「せっかくのご厚意だ、有難く受け取るべきだろ。それより食えよ、美味いぞ」  いつの間にか食べ終え満足げなアーサーの姿に、途端にぐぅ、と腹の虫が鳴き始める。  そういえば彼の話が本当ならば3日、何も食べていないことになる。  ゴクリと喉を鳴らし、思い切って繭玉のようなその果実に口をつけた。みずみずしく、爽やかな甘みが口いっぱいに広がっていく。 「う、美味い……」  乾いていた口も途端に潤い、夢中でそれを腹に収めた。 「な? まだまだあるから、好きなだけ食べろよ」  嬉しそうにそう言いながら、アーサーはパンパンに膨らんだその紙袋を俺に見せ付けた。 >>> 「さて、今後をどうするかだが。まぁおそらくここはノワール大陸南に位置する大国、ベルデ王国だろうな」  何処からその知識を得たのかわからないが、アーサーの言葉に同意しかない。 「ベルデ王国……国土はノワール大陸最大の都市、人口も 多く栄えている分移民も多い。ブランとは殆ど交流が無い都市だからそれくらいの知識しか持ち合わせて無いな」  路傍に置かれたベンチに2人腰掛け、腕を組みながら背もたれに身体を預けそう呟く。 「とりあえず今日はどのようにして夜を明かすか、俺としては昨夜のように、お前を抱き締め野宿でも一向に構わないがな」 「はぁ!?」  勢いよく振り返った先には、人の悪い笑みを浮かべたアーサーがこちらを見ていた。  まるで俺の顔が赤くなるのを楽しむかのように、肩に腕を回した彼は「なんならサービスしてやってもいいぞ」と耳元に甘い息を吹き掛けてくる始末。 「だっ、ダメに決まってんだろ!」  慌てて腕を振り解き、左胸の鼓動が高鳴るのを誤魔化すかのよう、勢いよく立ち上がった。 「なんだ、つれないな……」  そんな事をボヤくアーサーは一旦放置し、腰の辺りをゴソゴソと漁ると、そこから小袋を取り出す。 「とりあえず、これでどうにかするしかないな」  そう言って袋から手のひらの上に小さな宝石を2つ取り出し、アーサーに見せた。 >>> 「2つで……まー、小金貨1枚ってとこかな?」 「はあぁ!? ありえないだろ!!」  人が溢れかえったメインストリートから1本小路に入った人気のない裏路地。  風に揺られる店の看板は留め具が錆び、今にも崩れ落ちそうだ。  そんな質屋の中で、俺は素っ頓狂な声を上げた。 「いや、待ってくれよ宝石だぞ? せめて大金貨3枚くらいだろ」  骨董と言うべきか不用品と言うべきか…そのような物が並ぶ薄暗い店内の奥、年季の入った机を思わずバァンと叩く。 「宝石って言ってもクズ宝石。しかも傷まで入ってる。正直小綺麗な石くらいの価値しかないぞ、これは」  そう言って光り輝く頭皮を傾け、つまらなそうにそのクズ宝石を指で摘んだ店主は、ため息混じりにそう告げた。 「国がクズなら、特別報酬もクズかよ……」  どうにか粘って手に入れた金は、小金貨1枚と大銀貨2枚。 「なんだったんだ? あの宝石は」  質屋の斜め前。ヒビの入ったガラスに張り紙だらけ、どう見ても閉店中であろう飲食店の前でしゃがんだまま項垂れる俺の横で、アーサーは空になった赤い小袋をひっくり返して遊んでいる。 「あぁ、あれは任務で功績を上げた時に報酬とは別に与えられる、まぁボーナスみたいなもん。万が一に備えて、肌身離さず……隠し財産として持ち歩いていたのに……」 「隠し財産……小金貨1枚、がねぇ」  嫌味っぽいアーサーの言葉に、溜め息が止まらない。 「ブランに帰るための馬車代、どんなに安く見積もっても大金貨3枚は居る。こんなんじゃ足しにもならねぇよぉ」 「まぁ、あと小金貨が29枚必要になるな……というか、お前ブランに帰るつもりだったのか?」  少し驚いた様に目を開くアーサーの視線を痛い程感じる。 「当たり前だろ? あんな身に覚えもない、どう考えても王子の逆恨みでしか無い罪着せられて黙ってられない。とりあえず一発ぶん殴ってやんないと気が済まない」  力ない姿から一転。拳を握り息巻く俺の姿を、アーサーは|暫《しば》し呆気にとられた顔で見つめて居たかと思えば、急に声を上げて笑い始めた。 「……っ、はは!! お前ほんと……最高だな」 「い、いや別に笑うところではないだろ」  大きな手のひらで自らの口元を覆い、今だ笑いが止まらないアーサーの姿を見ていると「もしかして何か変な事を言ってしまったろうか」と段々自分の事が恥ずかしくなってきた。 「いや、|逞《たくま》しいのは結構。さすが俺の所有者だけの事はあるな。……まぁ、ならば当面の目標は金稼ぎになるか」 「そうなんだよなー、そうなると仕事……いや俺、戦う以外なんも出来ねぇ」  しゃがんだまま、再び両手で頭を抱える俺の目の前に、1枚の紙が差し出される。 『ベルデ王国公認ギルド【スレイン】高額報酬依頼あります』 と書かれたその紙に、俺の視線は釘付けとなった。 「これなんかどうだ? 俺とお前にピッタリだろ。これならば下手に仕事を探すより手っ取り早い」 「最高じゃん! だけど、アーサーどこでこんな紙を?」  不思議そうに顔を上げた先のアーサーは、後ろのガラスに大量に貼られたその紙を指さした。  

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