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第7話
7.
それは爽やかな朝だった。
この、腰の鈍い痛みさえ無ければ。
「そろそろ準備始めろよ、ロア。今日はギルドに行ってみるんだろ」
毛布の中から動こうとしない俺を、おそらく支度を終えたであろうアーサーが声を掛ける。
「んー……」
正直、別に動けない程の痛みではない。
ただ……この腰の鈍痛が、彼と|昨《・》|日《・》|繋《・》|が《・》|っ《・》|た《・》ことの証明のようで……
シンプルに、恥ずかしいのだ。
どんな顔をアーサーに向ければいいのか分からない。てか、なんで抵抗しないんだよ……なんで受け入れたんだよ俺。
その答えはただ1つ、
快楽に負けてしまった。
そんな動物のような理由で、あの男に身体を許してしまった。
まぁたしかに、アーサーは一緒に居て楽しいし、頼りになるし、異常な程顔が良いし、色気の権化だし、笑顔は綺麗だし、何か面倒見いい気がするし、少し意地悪だが優しいところはあるし、何故か気が許せるし、夜の……こ、行為も、えげつない快楽だった。……だっ、だけど別に惚れたとか好きになったとか、|そ《・》|ん《・》|な《・》|事《・》|は《・》|決《・》|し《・》|て《・》……
腰だけでなく頭まで痛くなってきた。
ああ、動きたくない。だが、手元の資金は先立つもののおかげで枯渇状態。
意を決して毛布から動き出そうとした、その時だった。
「仕方ないな」
バサッとアーサーが勢いよく、頭から被っていた毛布を剥ぎ取ってしまった為、一気に視界が白み反射的に目をぎゅっと閉じてしまう。
そんな俺の唇に覚えのある感触と、それとは違う感触を同時に感じた。慌てて目を開くと、何やら甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がる。
「!?」
それが、昨日の果実だと認識出来たのは、彼の右手にひと口齧った跡のついたそれが握られていたから。
口内に入ったその固形物が、ゴクリと音を立て食道へと流れていく。
もしかしなくてもこれ……あの……く、口移しで…食べさせられた……?
「何か口に入れれば目も覚めるだろ」
そんなアーサーの言葉が「大正解」と告げている。
途端に顔から湯気が噴き出した。どうやらそんな様子に気を良くした彼は、俺の顎に指を掛け、ニヤけが止まらない自分の顔の方へ向かせる
「もう一口、食べさせてやろうか?」
カァァと全身が熱くなるのがわかる。
「じ、自分で食べます!」
それ隠すよう、乱暴にアーサーの手から果実を奪うと、そっぽを向きそれに口をつけた。
「くくっ……」と笑い声を漏らしながら、アーサーはポンポンと俺の頭を撫でると、自分の身支度を整える為テーブルの方へと向かっていった。
そんなアーサーを横目で見ながら、その果実に齧り付く。
……その果実は、昨日食べた時よりも……遥かに甘く感じた。
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「ようこそ! ベルデ王国公認ギルド、スレインへ!! 新規の登録で宜しいですか?」
石造りの大きな建物に入った俺たちは、奥のカウンターへと向かった。
愛想の良い、三つ編みの若い女性が元気にそう言うので「お願いします」と2人分の登録を済ませる。
当初アーサーの登録をするかしないかを2人で話し合ったが、まぁもらえる報酬は多いに越したことはないだろうという事で、彼も人間の姿で登録をする事にした。
「どのような任務がお好みですか? モンスター討伐、薬草採取から街の警備まで、スレインは数多くの案件を取り揃えております!」
バァン! と見たことも無いほどの大量の紙束がカウンターに置かれ、「まさかこれ全部から選ぶのか」と1度頭を抱えた。
「討伐系で構わない。2人で出来る、割のいいモノはあるか? 多少難しい物でも良い」
ありえない書類量に軽くパニックを起こしている俺の隣で、アーサーは淡々と事を進めていく。
「そうですねぇ……むむむ、金髪のお兄さんは甲冑からして騎士、黒いローブのお兄さんは魔術師でしょうか? 闇のオーラが見えます。お二人の実力が分からない状態なので、ハイクラス級のものを除くと……あ! これなんかどうでしょう」
受付嬢が景気よくバァン!と1枚の紙を俺たちの前に置いたので、思わずアーサーと顔を見合わせた。
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「ドラゴン討伐…ねぇ」
渡された地図通りに、国の西側に位置する森へと俺たちは立ち入った。
「ワイバーンに近い下級クラスの物だと、あの受付嬢は話していたが。まぁ、そのくらいなら、騎士団の頃に嫌という程戦っているだろう」
「まぁ、ね。それで小金貨3枚は確かに割がいいな」
下級モンスターの討伐なんて、良くて大銀貨5枚。
それがこれは小金貨3枚という大盤振る舞い。なにか裏がある気がしなくもないが、早急に金が要る俺達にはありがたい話でしかない。
鬱蒼とした森の中、落ちた小枝を踏み鳴らしながら奥へと進んでいく。
森の中は、しんと静まり返っていた。
「おかしいな、他に生き物の姿が見当たらない……」
それなりに大きな森。幾らドラゴンが蹂躙しているからといえど、小鳥の1匹もいないのは流石に妙だ。
不意に何かとてつもない気配を背後に感じ、反射で振り返り体勢を整える。
アーサーも何かを察したようで、すぐさま剣の姿へと戻り、俺の背中へと移動した。
森の奥から何かが発射され、勢い良く飛んでくるそれを横に飛びながら避ける。
ベタっと黒く緑がかった粘液のようなものが、先程まで立っていた場所の木々に飛び散っている。
「毒性の、粘液……?」
粘液が付着したその樹皮がみるみるウチに腐り始める所を見るに、間違いなく毒性のものだろう。
『来るぞ、ロア。奥からだ』
ドスンドスンと大地を踏み締める音が森中に響き渡る。
俺はアーサーをそちらに向けて構え、そいつが顔を覗かせるのを待った。
「……なぁ、アーサー。ワイバーンクラスの、言ってしまえば雑魚ドラゴンって言ってたよな」
『受付嬢の話では、そうだったな』
木々の間から、玉虫色に光る甲殻を纏った…一体の大きなドラゴンが顔を覗かせる。
俺たちの姿をみるやいなや、空気を劈く咆哮を上げるそのドラゴンは、記憶しているものが間違っていなければ雑魚なんかではない。
「……俺の記憶が正しければ、これ……ファフニールじゃないか? あの、伝説級のドラゴンの……1発でもその吐く毒液に当たれば即死だって噂のさぁ」
『そうだな……俺の目にもそう映っているな』
再び吐かれようとする毒液を、慌てて草むらへ転がり回避する。
「いや、一個小隊どころか、騎士団全軍挙げて討伐するレベルのドラゴンじゃねーか!!」
心の中で泣いた。
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