11 / 36
第11話
11.
「おふたりとも、毎日毎日精が出ますねぇ!」
すっかり顔馴染みとなったギルド担当嬢セイラは、今日も元気に俺たちに挨拶を送った。
もはやスレインの常連になりつつある俺たち。今日は幻想花採取の簡単な任務だったので、袋に入れたガラスのような花をセイラさんに渡した。
「そういえばお2人、|巷《ちまた》で話題の占い師の話、知ってますか?」
「占い師? ……いや、聞いた事がないな」
アーサーがカウンターで任務完了の書類を書いている横で、俺は首を傾げた。
「なんでもめっちゃくちゃ当たる占い師が、最近ベルデに居るらしいんですけど……どうやら神出鬼没らしくて、中々出会う事が出来ないんですよねぇ」
セイラさんは人差し指を宙に向けて熱弁してくれるが、申し訳ないくらいに興味がない。
「占いか……それは興味あるな」
俺の冷めた目線とは対象的なアーサーの言葉に、思わず勢いよく首を横に向け目を見張った。
書き終えた書類をアーサーから受け取ったセイラさんは「キラキラ」という効果音が見える程に目を輝かせている。
「おお! アーサーさんは興味ありますか!! さすが、モテる男は違いますねぇ~」
「なんでだよ……って、まじで興味あるのかよ」
アーサーの代わりにセイラさんにツッコミながら、信じられない物を見るような視線を感じたアーサーは、俺の表情に苦笑している。
だって……まぁこれは偏見なんだけど、アーサーって「占い? そんな根拠の無いもの何で信じるんだ?」とか言うタイプだと思ってたから……
「なんでそんな不審な目で見てるんだよ。占いは古代からある物だろ? 当たる当たらないはさて置き、その技法に興味がある」
アーサーの解答に、セイラさんは「思ってたんと違う」と肩を落とし、俺は「なに、それ」と笑った。
「ま、まぁ……霧がかった夜、細い路地に鼻の下まで深くローブを被った女性がいたら、それがその占い師なので! お2人の未来でも、占ってみたらどうですかねぇ?」
ニヤニヤしながらそんな事を言うセイラさんに「なんでだよ」なんて言いながら、スレインを後にした。
>>>
「すっかり遅くなっちゃったな……ごめんな?俺が少し遠くの薬屋に行きたいなんて言ったから」
「ん? 別に良いだろ。欲しい薬が手に入ったんだから。それにまだ、いつものレストランはやってる時間だ。飯でも食って帰るとしよう」
スレインからの帰り道、寄り道のせいですっかり暗くなってしまった帰路をアーサーと並んで歩く。
いつもとは違う石畳の帰り道。この道は街灯が少なく、人通りも殆どない。少しばかり薄気味悪さを感じ、ついアーサーの腕に腕を絡ませながら歩いていると、急に辺りが白いモヤに包まれた。
「えっ、霧……?」
周りを見回すも、すっかり暗くなってしまった状態での霧。隣に居るアーサーの存在を確認する事は出来るが、それより遠くは何があるのか全く見えない。
「珍しいな。ベルデは年間通して気候も穏やかで、霧が出るなんて滅多ないと思っていたが…」
ふと、先程セイラさんに聞いた占い師の話を思い出す。
「まさか、ホントに出たりして……噂の占い師」
「ほう。ならばロアとの相性占いとやらをやってもらうか。悪い結果が出たら覚悟してもらおうか、その占い師にはな」
「いやなんだよそれ」と声を出して笑いながら、左手に細路地のある道を通り過ぎようとした時。
赤いローブを被り、小さな机に置かれた不思議な色の玉に手を挿頭す占い師が、霧の向こうに……いた。
ホントにいたんだがー!!
嘘だろ……まじかよまさか会っちゃうとか、ある?
一度は通り過ぎたものの、アーサーも気付いたのかそのまま後ろへと戻る。
「よく当たると噂の占い師か? もしそうならば俺たちの相性を占ってくれ」
間髪入れずにそう話し掛けるアーサーに「そんな単刀直入にぃ」と心の中で叫んでいると、その占い師が「どうぞ」と、机の前に置かれていた2脚の椅子に俺たちを招く。
「おふたりの相性を視れば宜しいですか?」
女性とも男性とも取れない不思議な声をしたその占い師は「ではお二人でこの玉に手を置いてください」と、黒光りする手のひらよりも大きな球体を触るよう促された。
少し緊張した面持ちの俺は右手、興味津々の顔をしたアーサーは左手で、その玉に一緒に触る。
次の瞬間……その黒玉は、粉々に弾け飛んだ。
「……はぁぁ!?」
叫ばずには居られないだろ。そんなこと……ある!?
え、何……玉も拒否するくらい相性最悪って事?
誰が見てもわかる程にオロオロする俺の肩を抱いたアーサーが「落ち着け、ロア。大丈夫だ」と宥めてくれた後、占い師に鋭い視線を送っている。
……あ、これはもう殺る気満々の目なのでは?
「凄い……黒水晶も受け止められない程の強大な愛のパワーを感じます」
ショックでガクガクと揺れていた所から一転、チョロい俺はそんな占い師の言葉に、ぱぁぁと顔を綻ばせる。
「えっ、そっち?」
「ええ。ご安心ください。貴方達は切っても切れぬ縁。どうぞお互いを信じて、生きていきなさい」
占い師がそう言った瞬間、西から突風が吹く。
「……っっ!!」
思わず目を閉じてその風を交わし、次に目を開けた瞬間……その占い師は、跡形もなく消え去っていた。
「夢でも見たのかな」
「なぁ? アーサー」と彼の方を向くと、アーサーは自分の手をじっと見つめたまま固まっている。
「あの水晶……」
ボソッと何かを呟いたようだったが、俺の耳にはそれが上手く聞き取れなかった。
「ん? なんて ?」
「いや、なんでもない。何だったんだろうな、あの占い師」
すぐにアーサーの表情はいつものものに戻ってはいたが…占い師よりもアーサーの様子が気になってしまい、暫くは彼の事から目が離せなかった。
>>>
「やっぱ夢だったのかな?」
結局、他の路地も覗いて見たりしたが、占い師の姿は見当たらず。
狐に包まれたような気分のまま、俺たちは行きつけのレストランで遅めの夕食を摂った。
「まぁ、占い師の件は気になるところだが……それより、スレインでは『占いなんて信じてない』なんて態度だった割に、一喜一憂していたロアの姿は可愛かったな」
出された飴色のスープを口に運びながら、アーサーは思い出したかの様に顔を綻ばせた。
「だ、だって……! あんな事あったら、びっくりするだろ」
こんがりと焼かれた鶏肉をナイフで切ると、俺はそれを少し乱暴に口へと運ぶ。
「俺と相性が悪いと言われるのが怖かったか?」
「……っ!!」
雑に咀嚼しただけのそれが、思わず喉へと流れ込み…その苦しさに思わず噎せた。
「大丈夫か? ほら、水飲め」
耳まで真っ赤にして咳き込む俺に、水がたっぷり注がれたグラスをアーサーは差し出す。
それを思い切り飲み、余裕綽々な顔で食事を続けるアーサーをジトッの睨んだ。
「アーサーは……」
「うん?」
蚊が鳴くような声に、彼は顔を上げる。
「アーサーは不安じゃなかったのかよ……あんな、玉割れて、相性最悪なんじゃないか、とか」
「そうだなぁ……」
彼は手にしたスプーンを置くと、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「……?」
「相性が悪いのならば、良くなるまで愛し合えばいいだろ」
「……は?」
耳を疑った。
ごめん何言ってる?
なんだ、その、聞いたことも無いと言うか考えもしないとんでも超脳筋理論。
「例えば身体の相性が悪いなら、よくなるまでやり続け……」
「あーー! もう、わかったから!! なんだよそれ……」
慌ててそんなアーサーの言葉を掻き消すように、俺は言葉を重ねた。
何言ってるんだよ……この色男は本当に。
そんな俺の様子を「可愛くて仕方ない」という甘い表情でクスクスと笑っている。
「まぁ良かったじゃないか。結果的に相性は最高だったようだしな」
「ま、まぁ……それはよかっ、た……? あれ、何俺…相性とか気にしてんだ…?」
まだ少しだけ残ったグラスの水を飲み干し、どうにか火照った身体が冷めるのを待った。
ともだちにシェアしよう!

