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第17話
17.
「っ……! ロア!!」
閉ざされたその床に、何度も様々な種類の攻撃魔法をぶち込んだ。
だがそこはビクともしないどころか、傷1つ付かない。
「あーあ。ホントにやっちゃったんだ。さすがウェイド、趣味わっるー」
そう呑気な声が聞こえてくると、声の主に向かって手を翳し、即座に詠唱する。
「……お前、何か知ってるな」
「ちょ、痛い痛い! なにすんのっ」
手を|翳《かざ》した先には、黒い紐で身体を縛られ自由を奪われたリアンがのたうち回っている。
その紐は薔薇の棘の様になっており、動く度に彼の身体にミリミリとくい込んでいく。
「……言え。何が目的だ」
自分でも驚く程低い、凍り付いた声を奴に向ける。
|踵《かかと》を鳴らしリアンに近寄りながら、魔法で作り上げた真っ黒な細剣を、そいつの左眼球の前に突き付けた。
「ちょ、本気……?」
「試してみるか。……俺はな、この世界でロア以外の人間が生きようが死のうがどうでもいいんだ。お前の目を抉り出すぐらい造作もない」
きっと今、俺の目は漆黒よりも深い闇を宿しているのだろう。
目の前でみるみるうちに青ざめるリアンがに向けて、カチャっと剣を握る手に力を込めた音が鳴ると「ちょ、言うから、言うからぁ」とそいつは震え始めた。
「そもそも、君たちとパーティー組みたいって言い出したのは、ウェイドなんだよぉ! なんか、ロアが可愛いから襲いたいって。まー僕は何でもよかったんだけど。……まさか|ア《・》|ン《・》|タ《・》|に《・》|会《・》|え《・》|る《・》なんて思ってなかったからさぁ」
喰えない表情でそう言ってのけるリアンに、思わず眉がピクっと反応を示す。
「お前……」
「まっ、そんなかんじで! なんか面白そうかなって手を貸しただけだよ」
「は……?」
直ぐに何事も無かったように笑うリアンのその面は、チッと俺の口から舌打ちの音が聞こえると、一瞬にして泣きそうに目を潤ませる表情へと変わっていた。
「ごめんって! このギミックは、真下の部屋に繋がってるから、そこに2人は居るはず。まぁ、助けるなら早い方がいいんじゃない? ウェイド、結構ヤバい性癖でさぁ 無理矢理が好き……なんだよね」
リアンが言い終わる前に、俺は転移の詠唱を唱える。
「あ、ちょっと! 話したんだからこれ外してよぉぉ」と、彼の叫び声が聞こえた気がしたが、そんなことはどうでもいい。
転移は、下の階層の入口に行われた。
先程の部屋は、入口から数えて4つ目の部屋だったはず。
「ロア! ロア!!」
そこから全速力で件の部屋へと向かう。
途中で飛び出してきたモンスターは、纏った風魔法で切り刻んだ。
『ロアが可愛いから襲いたいって』
先程のリアンの言葉が頭から離れない。
おかしいとは思っていた。
実力もよく分かりもしない新人の手伝い……しかも報酬もそれなりに良い、という事は何かしらの危険が伴う任務だ。ファフニールの任務がそのいい例。
最悪お荷物にもなるかもしれない新人と任務をこなそうなど余程の実力者かと思い、机の上に置いてあったライセンスカードを見るとレベルはC級。俺たちとそう大差がない。
ならば金目当てかと思ったが、やたらベタベタしてくるリアンの態度から、俺を狙っての事だろうと判断したのが間違っていた。
もっと早く気が付けばよかった。
あの……ロアを見るウェイドの目が、異質である事を。
『無理矢理が好きなんだよね』
『アーサーっ!』
悲痛なロアの声が聞こえた気がした。
ふざけるな。ロアに何かしてみろ、タダじゃおかない。
走る俺の目の前に、一体のゴブリンが飛び出してくる。 それを拳で殴り、床へと叩き付けた。
「邪魔を、するなァァァ!!」
そう叫びながら、漸く辿り着いた部屋の石のドアを蹴り飛ばす。
バァァンと音を立てて半壊で開かれたドアの向こうには……
乱れた衣服で拳を振り上げるロアと
胸ぐら掴まれ、ピクリとも動かないウェイドが
いた。
「は??」
そして俺の思考が、1度宇宙へと旅立った。
――数刻前、下層階
キモチワルイ、何なんだよコイツ。
なんでアーサー以外が、俺の事触ってんだよ。
「いいねェ。大きくて綺麗なピンク色をしている……唆るなァ」
そう言って、俺の胸の突起を指で弄り始め、意識がそちらに向いた一瞬の隙に、目の前の吐き気がする顔面に向かって、思い切り拳をぶち込んだ。
「……ッッ!?」
渾身の右ストレートが、ウェイドの左頬に綺麗にキマり、壁にめり込むほどにその身体は吹っ飛んで行く。
痛む身体に鞭を打ち、ゆらりとその場に立ち上がると、ゆっくりとウェイドに向かって歩みを進める。
「あのさぁ……アーサーが隣に居るからそうは思わないかもしれないけどさぁ。そもそも俺、大剣使うのが本職なんだよね」
「ヒッ……」
痛そうに真っ赤になった頬を抑え起き上がろうとするウェイドの腹を、今度は足で思い切り蹴り上げると「グハッ」と口から液体を飛ばしながら、彼は再び床に転がる。
「大剣ってさ、お前が言ってた通り攻撃力高いけど、使いこなすの大変なんだよ。何でか知ってるか? 大剣ってさ、ほぼ重量で叩き切ってんだよ。だからさ、クッソ重たいんだよね。あの武器……特にアーサー・オブ・ダークなんて、普通の筋力じゃ持ち上がらない」
「ご、ごめん……ごめん、なさ……」
「アーサー程、バッキバキじゃないけどさぁ……俺も、それなりに鍛えてんだよ!!」
床でピクピクと痙攣するウェイドの胸ぐら掴んで、先程とは反対の頬を殴る。
「俺が抵抗して来ないとでも思った? お前を殴る程の力なんて無いと思った? 優男なこの顔と薄い身体のせいで、どいつもこいつも勘違いするけどさァ! ……残念だったな」
そう言って、最後の一撃をウェイドにぶち込もうとした時、入口のドアが物凄い音で開いた。
そこに居たのは、唖然とした顔のアーサー。
取り敢えず……振り上げた拳を下げた。
「……ロア!!」
ものすごい間があった気もするが、アーサーがこれ迄に見た事の無いような焦った顔でこちらに駆け寄ってくる。
「アー、サー……」
掴んでいたウェイドを床に投げ、俺はアーサーに向かって駆け出そうとした…が、
彼の顔を見て安心したのだろう。それまで怒りで抑え込んでいた嫌悪が、急に込み上げてくる。
「ロア、大丈夫なのか」
そこらに脱ぎ捨てられた甲冑と、裂かれ乱れた俺の衣類を見たアーサーの目が瞬時に闇堕ちするが、正直それどころではない。
「ご、ごめ……アーサー。大丈夫じゃない……」
普通なら、ここで現れた恋人に「怖かった」と抱き着くのがセオリーなのだろう。
だが、残念な事に|俺は《現実》…口元を手で覆い、アーサーに「これ以上近付くな」と手を翳して間を取り、壁の方に向かう。
そうしてそこで、思い切り……吐いた。
だって、仕方ないだろ。
アーサー以外の手が肌に触れるなんて、気持ち悪い以外の何物でもない。
嘔吐だってするだろ……
「……っ、はぁ、はっ……」
どうにか全て吐き終えてゲッソリとする顔の横に、水の入った瓶が差し出される。
「大丈夫か? どこか痛いところは?」
隣に、俺と同じ様にしゃがんだアーサーが優しく背中を撫でてくれていた。
「いや、汚いから……こっち来ちゃだめだって」
貰った水で口をゆすぎ、どうにかアーサーを手で押し退けるが、逆に抱き締められてしまう。
「汚いわけ無いだろ! 辛いところはあるか? 直ぐに治癒魔法を掛ける」
いや、ホントに物理的に汚いから……と絶望でいっぱいの俺を、必死になって介抱してくれるアーサーの姿に、バカな俺はもうどうしようも無い程にときめいてしまった。
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