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第18話

18. 「はー……便利だな、魔法って」  物理攻撃を得意とする俺にとって、魔法は縁遠いものである。魔力が全く無い訳ではないのだが、攻撃や日常生活を楽にするほどのものは持ってはいない。  なのでアーサーが、水魔法で汚れた2人を衣類ごと洗い、風魔法で全身乾かしてくれるのを物珍しい顔で見守っていた。 「これ、着てろ」  剣か何かでズタズタに引き裂かれたシャツを脱がされ、代わりにアーサーが着ていたローブを肩に掛けられる。 「……おっきい」  ふわりと彼の香りが漂うそれの前を手で握り、ギュッと身体に巻き付けた。 「まだ顔が青いな」  そう言ったアーサーの言葉と共に、身体は宙に浮き上がる。 「ちょ、ちょっと! もう大丈夫だって」  気付けば彼に横抱きにされて、思わず暴れてしまう。 「いいから。……無事でよかった」  「はぁ」と息を吐くアーサーの真剣な顔を見ると、その首に腕を回し、ぎゅっと抱き着いた。 「ごめん、油断した……」  どうして、こんなにも落ち着くのだろう。 「いい、俺こそすまなかった。もっと早くに気が付いていれば、お前が怖い思いをしなくて済んだのに」  同じ男なのに、ウェイドに触られた時は吐き気と嫌悪が止まらなかったのに。 「アーサーのせいじゃないから……謝るなよ」  アーサー相手だと、この心地よい温もりがもっと欲しくなってしまう。  ――本当に俺、好きなんだな……アーサーの事。 「なぁ……アーサー」 「ん? なんだ?」 「ありが、と」  彼は返事の代わりに、俺の額に優しい口付けをくれた。 >>> 「しかし、傑作だったな。てっきり、怯えきっているものだと思っていたが、まさか奴が気絶するまで殴っていたとは」  いつの間にか、ウェイドの姿は消えていた。  きっと隙を見て逃げたのだろう。どの道、二度と会うことはないだろうから、どうでもいい。 「だって抵抗するだろ!? 俺……男だし、一応元副騎士団長だし! 忘れてるかもしれないけど!? ……もっと、か弱い方がよかった、か?」  リアンみたいな……と続けそうになった言葉は飲み込む。  するとアーサーは、俺を抱いたまま声を出して笑ったかと思えば、見惚れる程の美しい笑顔をこちらに向けた。 「いや……さすが、俺が惚れた男だなと思った」 「……ばか」  その表情と言葉が擽ったくて、もう一度アーサーの首に、ぎゅっと抱き着いた。  結局、ダンジョンの任務は失敗に終わり…事の全てをセイラさんに話したところ「さすがにそれは、お2人には非がないので」と、約束金の半分である1人あたり小金貨5枚が支払われ、事実が確認され次第ウェイドのライセンスは永久停止処分になる事が約束された。  こうしてアーサーに抱かれたまま、いつもの宿屋に舞い戻ってきた。 「も、大丈夫だから」  ベッドに入ってからというもの、ずっとアーサーに抱き締められている。 「よくない。今日はこうやって抱き締めていてやるから。怖かっただろ? 無理するな」  彼の逞しい胸に顔を埋め、優しく頭を撫でられると自然と涙が溢れてきた。 「……怖かった、というか、気持ち悪かった。アーサー以外に触られるのが、あんなに気持ち悪いなんて思わなかった」  小刻みに震える身体と、彼の夜着を濡らす冷たさで、今の俺の状況はアーサーには丸わかりなのだろう。ぎゅっと抱き締められる手に、力が込められる。 「俺なら、平気なのか?」 「当たり前じゃん!」  勢いよく顔を上げる。  目の前にあるのは、物語の王子様のような美しい微笑み。 「てか、アーサー以外、無理だって。吐くくらいだし……」 「それはよかった。お前の頭の中は、俺でいっぱいにしていればいい。そうすれば、幸せだろう?」 「なんだよ、それ……」  少し恥ずかしそうに目を伏した後、首を伸ばしてキスを求める唇に、王子様はそれはそれは甘い口付けを落としてくれた。  月が雲に隠れたのか、それまで明るかった室内が段々と闇に還っていく。  隣から、すっかり落ち着いたのだろう「んごご」なんて寝言が聞こえてくる。  その緊張感の欠片もない様子に、俺は思わず笑みを零しながらロアが深い眠りから目覚めぬ様に魔法を施す。 「やっと……手に入れた」  気持ちよさそうに眠る愛しい人の頬を、優しく撫でる。 「初めてお前を見た時から、この時をどれ程待ち侘びていたか。……長い時間だった」  少し強めに掛けた魔法、ちょっとやそっとじゃロアが目を覚ます事は無いだろう。 「お前に触れる事が出来ず、覗き見ては狂う時間も……漸く終わった」  彼の唇に触れるだけの口付けを施すと、ゆっくりとベッドから起き上がる。 「これからドロドロに愛してやるよ……ロア」  深く眠っている筈の彼の口元が、少しだけ微笑んだ気がした。 「さて、と」  もうすっかり愛用品となった黒いローブを羽織ると、そのフードを深く被り部屋を後にする。  辿り着いたのは、人気のない裏路地。  夜も深い、辺りには人ひとり見当たらない。 「この辺で良いか」  そう呟くと、宙に向かって手を翳し言葉を奏でる。 「……っ! はっ、は……どこ、だ……ここは……」  程なくして、地面から黒い球体が現れ、その中から一人の男が顔を覗かせる。  左頬は腫れ上がり、出会った頃の人の良さそうな人相は何処にも見られない。  球体が消え、全身を黒い紐で縛られたその男の顎を掴むと、自分の方へと向ける。 「お前……ロアに触れておいて、タダで済むと思ってんのか?」  俺の暗い暗い瞳には、怯えきった顔が映る。 「わ、悪かった! 出来心だったんだ、頼む……許してくれ……か、金か!? 金なら払う……だから」 「ゴミが」  |クズ《ウェイド》の命乞いは、低い声で一蹴される。 「お前には生きている価値がない。だから、このまま消してしまおう」 「は? ……な、な、なんの権利があってお前にそんな!!」 「|あ《・》|る《・》|か《・》|ら《・》、言っているんだろう」  そう言って、そのクズに手を翳す。 「や、やめろ……やめてくれ……おね、が……」  忽ち辺りが黒い闇に包まれたかと思うと、…次の瞬間その闇が弾け飛び、辺りには赤黒い光の粒子が飛び散った。 「ダンジョン内では些か不安定だったが、もう定着し元通りになったようだな。これなら問題ない」  ――空に昇る粒子を見つめながら笑う俺の顔は、きっと悪魔のようなんだろうな。 「俺のロアに触れる者、苦しめるもの、傷付けるもの……それら全ては絶対許さない。誰であってもだ」  ――まぁいい。ロアの為ならば悪魔にだってなってやるさ。  元より忌み子と疎まれ続けてきた俺だ、何ならこれが本性だろう。 「これは手始め。|本当の報復《メインディッシュ》を、始めるとしようか」  雲間から現れた月が、辺りに眩い光を浴びせ始めた。 「……アーサーだな」  その場を立ち去ろうとした俺を、2人組の品の良いスーツ姿の男が呼び止める。 「……そうだが?」  顔に覚えはない。何者かは分からないが、武器を持ち合わせていない以上、危害を加えるつもりはないのだろう。 「一緒に来てもらおうか」  どうやら相手は俺の正体を知っているような口ぶり。……だが、どう見てもこの2人はただの使いっ走りにしか見えない。 「成程?」  そいつらの|雇い主《背後》に興味を持ち、その申し出を受け入れる事にした。  

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