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第19話

19.  ――ベルデ王国、王宮内第1王子執務室。  その部屋の主である男は、金色に輝く長い髪をひとつに纏め、アンティーク調の黒く大きな机に肘を付きながら手元に置かれた1枚の紙を手に持ち、それを興味深そうに眺めていた。 「……来ていたのか」  ふと、自分の後ろに気配を感じ、男はそちらに振り返る。 「ねぇ聞いて! 僕さ、面白いもの見つけちゃった」  いつの間にか部屋の主の後ろに立っていた小柄な男は、流れる様に男の膝の上に乗り、その頬に口付ける。 「面白いもの?」  手にした紙を裏返して執務机に置き、そいつが目の前に置いたカードに視線を向ける。  『ベルン王国公認ギルド【スレイン】  登録者名:アーサー/ジョブ:魔術師/クラス:C級』  顔写真付きの、そう書かれたカードを手に取ると金髪の男の口元が歪む。 「流石、情報が早いじゃないか」 「ふふん! まぁっ、僕はもう彼に会っちゃったけどねぇ!」  上機嫌でそう話す膝上の男を後ろから抱きながら、先程まで眺めていた書類を彼に渡す。 「私もこれから丁度、会うところだよ」  ふっと鼻で笑うと同時に、部屋のドアが大きく叩かれる。 「あー、なら僕が居るのはまずい感じ?」  そう言って膝上の男は跡形もなく姿を消した。  彼が居なくなったのを確認すると、すぐさま大きな声をあげる。 「入れ」  主のその声が部屋に響くと、扉が大きく開かれる。  その先には、3人の男が立っていた。 >>>  アーサーが帰ってこない。  そりゃ、1人で買い物にいくとか、ひとりになりたいとか……色々あるだろう。  ましてや四六時中一緒にいる訳だし。  でも、こんなに長時間どこかへ出掛けるなんて、出会ってから初めての事だった。  朝起きた時、隣はもぬけの殻。  姿が見えない事に、最初は焦り取り乱したが「そのうち帰ってくるだろ」と呑気に過ごす事はや数時間。昼が過ぎても彼は姿を現すことは無かった。 「なにかあったのかな……」  時刻は夕方に、差しかかろうとしている。  さすが心配になり、外に出て彼を探す事にした。 「おや、ロアちゃん! 珍しいねぇ1人かい?」  行き付けの商店のおばちゃんに声を掛けてみるが、アーサーは来ていないとの事だった。 「アーサーかい? うーん、来てないねぇ……」 「そう、ですか……」  ベルデに着いた初日にアーサーが立ち寄った、あの美味しい果実を取り扱う市場にも足を伸ばしたが、同様の答えだった。 「そういえば聞いたかい、最近の物騒な話をさぁ」  差し出された赤い果実を遠慮なく齧りながら、市のマダムの言葉に首を傾げる。 「物騒……ベルデが?」 「ここは平気さ。でもねぇ、まぁ噂だけど……北のローゼで若い男ばかり狙った切り付け事件が横行してるらしくてねぇ。おまけに、宮廷お抱えの大魔術師まで行方不明」 「へぇ、ローゼで……」  ローゼは、俺の出身であるブラン王国の北に存在する大国の名前。1・2回ほどあのクソルイスの表敬訪問に付き添った事があるが、とにかく寒い。それ以外の印象はあまり無い場所だ。 「他にも、随分前だけど西のアズーロじゃ王子が殺されたなんて話も聞くし……東のブランなんて王国副騎士団長が行方不明なんでしょ? 次はウチじゃないかって、皆ヒヤヒヤしてるわぁ。ほんと、物騒な世の中よねぇ……」 「へ、へぇ……ホントなんだか怖いなぁ」 「ブランの王国副騎士団長が行方不明」という言葉には、乾いた笑いを浮かべるしかない。  手の中の果実がもうそろそろ食べ終わりそうになった頃、買い出しに市を訪れた武器屋のオッサンに声を掛けられた。 「あれ、ロア。アーサーの奴、王宮からまだ帰って来てねぇのか?」 「は……なにそれ、王宮……?」  言葉の意味を理解し切れず、目を丸くしていると、オッサンは顎に手を置き難しそうな顔をし始めた。  王宮とか、そんな場所行ったことなんて無い。呆然としたまま話を聞く俺に、オッサンは構わず話を続ける。 「昨日、だったか飲み行った帰りによぉ、アーサーが男たちと歩いてんの見たんだよ。あの小綺麗なスーツの男たち……あれはノクセス王子の従者で間違いねぇから、ちょっと印象に残ってたんだよなァ。珍しい組み合わせだって」 「ノクセス王子?」 「なんで間違いないって言いきれんのさぁ」    俺とマダムが同時に言った所為で、オッサンは2人の顔を交互に見てオロオロしてしまった。 「娘がノクセス王子のファンでよぉ……エラい色男だろ。式典やら何やら、ことある事に連れて行かれて、何度か従者を見た事あってな。……ロア知らねぇのか? ベルデ王国第1王子、ノクセス・ジュード・ルーフス様だよ」  ベルデの王子……ぼんやりと頭の片隅にあるような。どんな人間だったか定かでは無いが、たしか噂では切れ者の情報通だとかそんな感じではなかっただろうか。 「名前くらいは知っているけど、なんでその王子の従者とアーサーが……?」 「さぁ? でもアーサーもアーサーで目立つから、見間違う筈ねぇんだよなァ」 腕を組んで首を傾げるオッサンが、嘘を言っているようには到底思えない。 ならば、アーサーは本当に王宮に居るのか。 「王宮はどこに!?」 まぁ、分からないならば行ってみるしかないだろ。 「お? その道を西南に暫く走った先だが……まさかお前行く気じゃ……」  目を丸くして「まじかよ」と零しながら、指を刺し道順を教えてくれる。 「ありがとうおじちゃん! ちょっと迎えにいってくるからー!!」  「ちょっと、気を付けていくんだよ」「無茶すんじゃねーぞ」と心配事を口にする2人に笑顔で手を振りながら、暮れゆく太陽に向かって俺は走り出した。  

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