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第20話

20.  レンガ造りの道を踏み出す足に嫌でも力が入る。  アーサーが王宮に連れていかれた。  ――それは招かれたのか捉えられたのか。  武器屋のオッサンの話しっぷりからして、アーサーが罪を犯しての捕縛とは考え難いだろう、そもそもそれならば騎士団が出張って来る筈だ。  ならば前者。  だがこれ迄親交のなかったベルデで、王宮に顔見知り等いない。少なくとも俺はそうだ。  そう……俺、は。  ――でもアーサーは……そうではないのかもしれない。  チクっと痛む左胸を、走る足はそのままにその辺をグシャッと鷲掴む。  なんだろうこの不安は。  アーサーが、記憶を取り戻すのかもしれない。もしかしたらもう記憶が戻り、自分が何者か分かってしまっているのかもしれない。  でも何故王子が彼を呼ぶ?  分からないことだらけと、押し寄せる不安の波で俺の頭は爆発してしまいそうだった。  ――これ迄のような毎日はもう、訪れないのかもしれない。 そんな言葉が俺の頭を過ぎっていた。 「いやだアーサー……どこにも行かないで……」  駆ける足は自然とスピードを増してゆく。  大通りの突き当たりを、王宮が見える方の道へと曲がる。こちらの方が早いだろうと入り込んだ小道の真ん中に立ち塞がる黒い影に、思わず足を止めた。 「なんだ、元気にやっているんじゃないか。面白くないなァ……」  その黒い影の声を聞くやいなや、全身に鳥肌が立つ。  不快な声、捻くれた喋り方。  間違う筈がないだろ。 「……どう、して、お前が……ここにいる」  建物の影から出てきたそいつの顔が、街灯に照らされて|顕《あらわ》になる。  同時に俺の目が、溢れんばかりに開かれた。 「どうしてって? お前が路頭に迷い苦しむ姿を見に来たに決まってるじゃないか」  肩まで伸びた髪を手で払い、タレた目尻でこたらをじっとりと見つめながら厭らしく笑うソイツの顔は、忘れたくても忘れられない。 「王子って言うのは、随分とヒマなんだな?…ルイス…」  この世のクズを煮詰めた……ブラン王国第1王子ルイスの顔を忘れる筈なんてないだろ。 「随分と口が悪くなったじゃないか、飼い犬の分際で」  ニヤリと笑うその顔に、反射で震える拳を振り上げる。  こいつは……こいつだけは許さない。  全てを奪ったお前だけは。 「誰がイヌだ!!……っっ!」  殴り掛かろうと詰め寄った眼前に、鈍い色に輝くコンバットナイフが突き付けられ、思わず身体の動きが止まってしまう。 「お前を迎えに来たんだよ、ロア。やっぱりなァお前を手放すのは惜しい。ブランに戻り、俺の愛玩具になれ」  その言葉に、俺の目は吊り上がり脳は瞬時に沸騰する。 「誰がお前なんかの!!」 「良いじゃないか、俺の部屋で鎖に繋がれて飼われる。股開いてるだけで、その生涯を保証してやろうと言っているんだ……何を不満に思う?」  首筋に当てられていたナイフの切っ先が下へ向かったかと思えば、それで俺の局部辺りを突く。 「ふざけんな! テメェ人を何だと!!」  激昂し、今すぐにでも殴り掛かろうとする俺の胸ぐらをルイスは掴み、奥歯をガチガチ鳴らす俺の唇に事もあろうか奴は自分の唇を無理やり押し当てた。  そのあまりにも気持ち悪い感触に、俺はその厚い唇にガリっと噛み付いた。 「……っ、良いねェ。それぐらい反抗的な方が、調教のし甲斐がある」  赤い血の滲む唇をペロリと舐めながら、掴んでいた俺を奴は思い切り壁に向かって投げ飛ばした。 「……っっ!!」  ドォォンという音と共に俺の体は、脆く崩れかけ尖った石壁に打ち付けられた。 「こんな身寄り当てもない場所で、名も身分すら持たぬお前が、この先どう生きていくと言うんだ? いつか野垂れ死ぬのが目に見えているだろう」  土煙の向こうから、カツン、カツンと踵を鳴らし近付く奴がゆっくりと俺の前にしゃがむ。 「お前に弄ばれるくらいなら、その方がマシだろ」  眉を吊り上げそう吐き捨てる俺の頬を、冷たい刃が撫でる。 「おかしい事を言うンだなァ? 俺に毎日毎日犯されるだけで何不自由ない生活が送れるんだ。願ってもない話だろォ?」  ナイフを突き付けた側とは反対の首をルイスの舌が這いずり、その部分に歯を立てられれば背には悪寒が走り、気持ち悪さが込み上げてくる。  もう、吐きそう……キモチワルイ。 「馬鹿かお前は……お前なんかに足開くくらいなら道端で飢えた方がマシだって言ってんだろ、聞こえねぇのかよ」  込み上げる悪心をグッとこらえながら吐いた言葉に、ルイスの眉が動いたかと思えば、頬にピリッとした痛みが走る。  生温い感触が頬を伝い、それが地面へと滴り落ちた。 「良いなァ……反抗的な男を凌辱する瞬間が1番勃つんだよ、俺はなァ」  舌舐りをしながら、壁に凭れ座ったままの俺に覆いかぶさる様近寄ってくる。  今すぐこいつを蹴り飛ばし逃げたいのは山々だが…先程石壁の壁に強く打ち付けた腰は、まるで言う事を聞かない。 「気持ちわりぃんだよ近寄んな!!」  いくら凄んでもそれは逆効果。  いつの間にか、頸動脈の上に充てがわれたナイフがその存在を皮膚に示す。  気持ちの悪い手が、俺の股間を弄り始めれば、恐怖で「ひっ」と声が上がる。  そんな様子に気を良くしたルイスが、俺のベルトを外し、前を開け直接そこに手を差し込む。  鳥肌と嫌悪で縮こまったソレが直接握られると、途端に気持ち悪さが再び込み上げてくる。 「やめ…っっ!」 「怖いのは最初だけ……なァに、直ぐ俺に触ってくれと|強請《ねだ》るようになるさ、お前は」  この世の愉悦とばかりの顔をして局部を揉みしだく手を、今すぐ切り刻んでやりたい。  ギリっと噛み締めた唇から血が流れる。  逃げようにも、腰から背中に走る激痛がそれを許さない。 「触るなッッッふざけんな!!」  首に充てがわれたナイフが食い込むのを気にもせず暴れる俺は、動く足でルイスを蹴飛ばそうとするが、どうにも力が入らず奴を退けることが出来ない。 「いいぞォロア……その歪んだ表情だけでイけそうだなァ。さぁて、お前の可愛い穴も、可愛がってやろうなァ」  「ヒヒヒ」と気持ち悪い顔で笑うルイスの手が俺の局部を扱くのを止め、その汚い指が内腿を撫で秘部に潜り込もうとした。  その時だった。 「騎士団のみなさーーん、こっちでーーす! ここで変態が強姦してまーーす!!」  それはそれは大きな声が辺りに響いた。 「……ッチ」  この声に慌てたルイスは、俺から手を離すと一目散に逃げていった。  頬と首から血を流し、ズボンを膝まで降ろされて居た俺に、声の主であろう人物が駆け寄ってくる。 「大丈夫ー!? あーあ、もう酷い格好じゃん……何あいつ最低すぎぃ」 「ちょっと腰上げれる!?」と乱れた衣服を元に戻して、傷口に手を翳す、そのピンク髪に見覚えがあった。 「お、お前……」 「ひっさしぶりじゃーん! ダンジョン以来、元気してたぁ? って、今は元気じゃないか」  顔付近から緑色の光が消え、酷い痛みが消えたかと思えば、ソイツはその可愛らしい顔をこちらに向けた。 「リアン……」  

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