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第21話
21.
「なっるほどねぇ。それで、王宮にいるであろうアーサーを迎えに行く途中だった、と」
「動ける?」と差し出してくれた手を握り、腰を摩りながらゆっくりと立ち上がる。
リアンによれば、当たり所が悪く腰椎にヒビが入ってたという話だったが、治癒魔法を施されて今となっては微塵の痛みもない。
すげーな、ヒーラーってここまで出来るもんなのか? ちょっと尋常じゃない気がする。
騎士団にいた頃、もちろん軽い怪我は治癒担当のヒーラーに治して貰っていた。だが骨折などの重傷には、それこそ何日もかけて治癒魔法や回復魔法を施すのと同時に損傷部を固定し、安静にする処置も施されていた。
それを1回の魔法で……というか何故症状まで把握できる?
それは人間が為せる術なのか?
「そう……よく分かんないけど、王宮に行くなんて余程の事が無い限り考えられない。もしかしたら、何かあったのかもって……」
リアンの事も気にはなるが、正直今はそれどころでは無い。こんな事で要らぬ時間を食わされた、直ぐにでも向かわなければ。
「ほーん、じゃぁ僕も一緒に行こっかなぁ」
「はぁ!?」
何言ってんだと怪訝な顔をリアンに向けると、彼は指でピースサインを作りながらウインクをする。
「僕も何でアーサーが連れてかれたのか気にはなるし、それに僕がいた方が、色々楽に事が運ぶと思うよぉ?」
ニィっと歯を見せて笑うリアンに、思わず首を傾げた。
――同刻、ベルン王宮内。
「……成程、それで今に至る、と」
「信じる信じないはそちら次第、だがな。ノクセス、王子?」
「興味深くはあるな」
「……しかし、よく俺の顔を知っていたな?」
「ん? あぁ……確か『表舞台は嫌い』だったか。まぁ、私の趣味は情報収集なんだ。気にするな」
ここはベルデ王国、第1王子の執務室。
豪華絢爛と言わんばかりのその部屋の真ん中に置かれたワインレッドのソファで、出された紅茶に口を付けていた。
その芳醇な香りに舌鼓を打っていると、ドアが叩かれ、俺をここへと連れてきたスーツの男が深々と頭を下げた。
「セオドアか、どうした」
向かいで同様に紅茶を嗜むノクセスは、長い金髪を揺らしながらその精悍な目を従者へと向けた。
「失礼致します。リアン様が来られておりまして……その、お連れ様が……」
妙に歯切れの悪い従者の様子に、俺とノクセスは眉を寄せる。
――そんなセオドアを押し退けて、後ろからピンク髪の小柄な男が飛び出してくる。
「やっほー、ノクセス! わ、ホントにアーサーいるじゃん」
馴れ馴れしくノクセスに手を振り、その名を呼び捨てにするリアンに、訝しげな視線を送った。
一国の王子にその態度……ダンジョンでは俺の事を知っているような口ぶりだったし、何者なんだこの男。
「リアンか。何だ、どこで来客を聞き付けた」
そんなリアンを叱咤する訳でもなく、むしろ優しい顔でその存在を受け入れる。
「良かったじゃん、居たよ、アーサー! てか、僕が一緒で良かったでしょー? じゃなきゃこんなすんなり会えないからねぇ」
「あ、あぁ……助かったが……ホントにお前何者なんだよ」
「えー? それはもうちょっと仲良くなったら教えてあげるねぇ」
リアンの後ろから顔を出すその男に、俺の目は大きく開かれた。
そいつは俺の姿を確認するやいなや、桃色の花が咲き誇ったような笑顔を見せた。
「アーサー!! お前、何でこんな所にいるんだよッッ」
「ロア……いや、お前こそどうして……」
「お前がいつまで経っても帰ってこないから、迎えに来たんだろ!?」
感動の再会……とばかりに駆け寄ろうとするロアの前にリアンは飛び出し、両手を広げてそれを制止する。
「ストーップ! ……ロアねぇ、色々あってちょっと疲れてんの。感動の再会の前に、ちょっとシャワー浴びさせてくれる!? 客間借りるよ、いいよねっノクセス」
「あぁ、好きにしろ」
それ迄この状況を静かに見守って居たノクセスはそれを快諾した。
「……ならば俺も」
ロアが行くならばと腰を上げると、再びリアンは「ダメ」と手を上げた。
「アーサーはここでちょっと待ってて! 後で話があるからさぁ」
そう言うと「ちょ、ちょっと待って」と声を上げるロアの腕をズンズンと引っ張り、部屋を出て行ってしまった。
「……なんなんだ、アイツは」
再びノクセスと2人きりになった部屋の、パタンと閉まるドアを見つめながら思わずそう呟く。
「リアンか、アレはな……」
口元だけ笑い再び紅茶に口を付けるノクセスが続けた言葉に、俺は耳を疑った。
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「すっげ……やっぱ王宮のバスルームってすげーな」
白一面の艶やかな石で造られた広い広い浴室に、俺の声がこだまする。
アーチ型の柱が並ぶ向こうに広がる1面の大海原。
金細工が施されたシャワーを止め、白い花々が浮かぶ乳白色の湯にゆっくりと身体を沈めた。
一旦リアンに連れられて、それは広い客間へと向かった。そして「中にある別のドアから、風呂に行けるからねぇ!僕は戻るから、……しっかり、|清《・》|め《・》|て《・》おいで」という言葉を最後にリアンは部屋を出て行ってしまったので、言われた通りドアを開けるとこのような場所に繋がっていた。
「いいなぁ……毎日こんな風呂に入れれば、疲れなんて全部吹っ飛ぶよなぁ」
花の良い香りに満たされた浴槽に、顔を半分まで沈めてみる。
心の底からリラックス出来る、オアシスがそこには広がっていた。
一応昔は、王国騎士の副団長という事で王宮敷地内にある宿舎で生活をしていたが、このような豪華なものでは無い。一般的に市民が住まう部屋よりは確かに広いであろうが、内装は至って普通。
風呂だって部屋に簡易的なシャワールームは備わってはいるが、それ以外となると大浴場が1つあるだけ。そこも、せいぜい5人入れるかどうか。利用者の多い時間帯に当たってしまえば地獄を見る。
「ブランも、王宮内はこんな風呂なのかな」
ブラン王宮には、仕事以外で立ち入ることなんて勿論ない。まぁ、あのクソルイスが住まう場所にプライベートで立ち入るなど、死んでもお断りなのだが。
「……あのクソ野郎」
ブランを思い出すと同時に、この世で1番嫌悪する存在が脳裏に蘇り、思わずギュッと膝を抱えた。
「……あんな奴に触られた身体……アーサー、嫌だろうな」
乳白色の海から、自分の手をそっと取り出す。
その綺麗な白色の湯とは対称的に、その手は真っ黒な……酷く汚れた物に見えた。
こんな汚い身体、きっと彼は嫌悪するだろう。
「ごめん、アーサー……俺」
もうお前に抱いて貰えないよな……と、彼に幾度となく愛された身体を抱き締め、全身を湯の中に沈ませた。
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