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第22話
22.
いつの間に用意されていたネイビーの着心地の良いフワフワのバスローブを身に纏い、客間のドアを開けた。
「……わっ」
その瞬間、黒い影が視界を奪ったかと思えば、心地よい体温に包まれていた。
「アーサー?」
ぎゅっ、とそれは強い力で、全身がキツく抱き締められれる。
そのまま額に彼の前髪が触れ鼻先が擦り合い、このままキスされるんだ……といつも通り目を閉じたのだが、いつまで経っても心待ちにしている暖かい温もりが降っては来ない。
おそるおそる目を開けると、そこには長い睫毛を付して何かを考えているようなアーサーの姿があった。
「どうしたの……」
……何となく、察してしまった。
俺が風呂場に連れていかれようとした時、アーサーが「俺も行く」言ったのを、リアンが引き止めた。「話があるから」と。
聞いてしまったのだろう。|何《・》|が《・》|あ《・》|っ《・》|た《・》|の《・》|か《・》、を。
隠すつもりなんて無かった。
俺との触れ合いを避けるような仕草だって、覚悟していたものだった。
なのに、いざ目の当たりにすると……心臓が握り潰されたかのように苦しい。
「……リアンに、聞いた」
静かにアーサーが口を開く。
その少しの間が永遠のものにも感じた。
いつもの癖で背中に回そうと上げた手は固まったままで、その言葉にピクリと反応した後は、そのまま下へだらんと垂らした。
「……そ、か。あ、ごめん、触るの嫌だよな。心配すんなよ。別に俺、平気だしさ……ちょっと触られただけで大袈裟だって。それに初めてじゃないしさ、ああいうのも」
この言葉はきっと、アーサーにではなく自分自身に言っているのだろう。
そんな気丈な言葉で自分を鼓舞しなければ、立っている事すらままならなかったから。
「……」
「アーサー……?」
強く抱き着いたまま、彼は動こうとしない。
……この、無言がつらい。
『他の男が触った身体は無理だ』
いっその事、そう言ってこの場から立ち去って欲しかった。
「だから大丈夫だからさ。……こんな汚い体、触っててもいい事ないから早く離して……」
「汚くなんかない」
「……っ!!」
俺の声を掻き消すかのような強い声に、じわっと目頭が熱くなる。
止めてくれよ。縋ってしまうだろ。
「ごめん……俺が、ロアを1人にしたから……」
アーサーの身体が震えている。それはとても小さなものだけれど、キツく重ねられれた身体にはしっかりと伝わってきた。
なんで、なんでお前が謝るんだよ。
「アーサーのせいじゃない、謝るなよ。それに4年前にもあったことだから……」
鼻先がツンとして、もう涙が溢れそうなのをどうにか堪え、いつか言わなければと思っていた事が、何故だかこのタイミングで口から零れた。
「4年前……?」
胸の中で小さくそう呟く俺の背中を、アーサーは優しく撫でてくれながら言葉を返す。
「4年前、副騎士団長に昇格した俺は、ルイスに呼ばれて奴の私室に。真っ暗な部屋の中で待っていたのは……素っ裸のあの男だった」
「ロア……無理に言わなくて良い」
ハッとした表情になったアーサーは首を振って言葉を制した。
きっと酷い顔をしているんだろうな……別に同情が欲しくてこんなこと言ってる訳じゃない。
知って尚且つ、アーサーは何を選択するのだろうって。
今なら少しだけ覚悟が出来ているから。
『さよなら』の覚悟が。
俺は影がかった目のまま、アーサーの制止も無視して言葉を続けた。
「何が何だか分からなかった俺は、気がついたらベッドに押し倒されていた。服を剥かれて、まさぐられて……ついでに奴のソレも握らされた。その時は、ふざけんなって蹴り飛ばして逃げたけど。ルイスにしたってウェイドにしたって、一体俺の何が良くて。そんなにチョロそうに見えるのかな」
「ははは」と自嘲気味に笑う俺を、アーサーは痛いほどに抱き締めてくれる。
なぁ、アーサー。どうしてさっきから、こんなに強く抱き締めてくれるんだ?
この温もりを…信じてもいいかな。
「なぁ、アーサー……」
一呼吸置いて顔を上げ、アーサーの眩しい程に美しい瞳をじっと見つめた。
「ん? どうした、ロア」
見つめ返す彼の瞳は、蕩けそうな程優しいものだっ。
それだけで俺の胸はこんなにも震える。
「こんな汚れた俺でも……お前はまだ、抱いてくれるか?」
今の顔はきっと酷いものだ。
おそらく眉は下がって、目は白兎のようになっているのだろう。
アーサーは身体を離したかと思えば、俺の唇を強く奪う。それを拒否なんて出来るはずもなく、自分からも噛み付くように口付けを返す。
潜り込んできた彼の舌に、必死に自分の舌を絡ませる。それに気付いた舌が、その面を擦り合わせてくると、堪らすそれを必死で舐める。
「……っ、ぁ、あー……さ……っん、…」
くちゅくちゅと言う音が口元から溢れ、気持ちよさで目が眩みそうになり、アーサーの服にしがみついた。
何度も角度を変えては貪られる唇を漸く離したかと思えば間近で俺を見つめ、彼はニヤリと笑った。
「お前はこの世の森羅万象全ての中で1番美しく綺麗で純白だ。何度も言っているだろ?」
「……大袈裟すぎだろ、ばか」
――こんな、身体の底から熱くなるようなキスなんてされて、そんな台詞言われたら、俺は……
そんな気持ちが伝わったのか、今度は触れるだけの軽いキスが交わされた。
「抱いてくれるか、じゃないな。ロア、抱かせてくれるか? 今更お前の身体を好きにしてきた俺が、言えたことじゃないかもしれないがな」
「……アーサーは、その……最初から、嫌じゃ無かったから……不思議だよな」
「そうか。それは、不思議だな」
全然不思議そうじゃないアーサーのその表情に、思わず笑ってしまった。
彼は目を細めたまま、俺の手を握るとその手の甲に口付けを落とす。
「なぁ、ロア……どんなお前でも、俺の天使に変わりない。お前が触れられる事に嫌悪を示さないのであれば、変わらず俺に、お前を愛させてくれないか」
唇が触れた場所から一気に身体中に熱が駆け巡る。
射抜くようなその視線から、目を逸らすことが出来ない。
「ちょっ……な、なんだよそれ。恥ずかしすぎる」
素直に「はい」と言えない俺を許して欲しい。だってその言葉は、欲しかった以上の言葉だから。
どうにか気持ちが伝わって欲しいと、その大きな背中に腕を回した。
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