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第24話
24.
「……ん」
間接照明だけが灯った空間で目を覚ました。
「あれ、寝ちゃったのか……」
目を擦りまだ重い体を動かすと、隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。
「アーサーも寝てる……」
長い長い睫毛を携えたその顔は、寝顔出会っても美しさを極めていた。
そっとその気持ちの良い髪を撫でようと手を伸ばすと、手首に付けられた噛み跡が目に入った。
「……ーーっっ!」
思わず、声にならない悲鳴をあげる。
そ、そ、そういえばめちゃくちゃ噛まれまくった記憶があるし俺の記憶違いでなければ、とんでもない事をやった気がする。
ちらっと、アーサーの首や鎖骨と胸元に付けられた赤い歯型が目に入り、軽く頭を抱えた。
……俺もう、獣化してるじゃん……
『アーサーはおれのもの、おれだけのもの』
そう壊れたように呟きながら、色々噛んだ覚えがなくは、ない。
羞恥で死にたくなったが、彼が|自《・》|分《・》|の《・》|モ《・》|ノ《・》になった気がして…つい頬が緩んでしまった。
暫くその顔を幸せそうに見つめていたが、ふと喉が渇いた事に気付き、ベッドから降りようとした。
「……ん?」
その些細な動きで、アーサーが声を上げる。
あ、やばい、起こしてしまった。
慌てて顔を覗き込むと、彼は薄目を空けこちらを向く。
「ごめん、起こした……」
「……レーファウか?」
「……えっ?」
誰……?
その言葉に固まって居ると、アーサーは再び目を閉じ…気持ちよさそうな寝息を立て始めた。
『レーファウ』
彼がその言葉を口にしたのは、恐らくこれで3度目。
最初は、何の言葉か分からなかったけれど…。
人の、名前……だったんだ。
喉の乾きなんて途端に忘れ、布団に潜り込むと、仰向けで眠る彼の身体に強く抱き着く。
誰だよ、レーファウって。
なぁ、アーサー……やっぱりお前、本当は記憶が……
それ以上の事はもう考えたくなくて、アーサーに抱き着いたまま目を閉じた。
心地よい何かが伸し掛り、目を覚ました。
視線を下に向けると、この世の何より愛しい存在が俺の上で可愛い寝顔を披露している。
「今日も可愛いな、ロア」
緩みきった頬で、その天使と言っても過言ではない頬を撫でる。擽ったいのか「ふにゃ」と口元が開くのがまた堪らない。
そんな彼を眺めていると、控えめなノックが聞こえた。
ロアを起こさぬよう声を出すのは控え、代わりにベッドから降りドアから顔を覗かせる。
そこにはセオドアが頭を下げ「ノクセス様がお呼びです」と小さな声で俺に告げた。
寝起きに俺が居ないショックをロアに与えたくはないので、彼にまた睡眠系の魔法を掛け身支度を整えると、セオドアに続いて再びあの豪華な執務室へと向かった。
「悪かったな、朝早くから」
部屋に通されソファに案内されると、即座にメイドが紅茶を差し出す。
「いや……で、何だ」
紅茶に口を付けると、セオドアが1枚の封筒を俺に差し出した。
「お前宛ての書簡が届いた。待ち望んでいたものだろうと思ってな」
カップをソーサーに戻し、見慣れた封蝋を開け中を確認した俺の口から低い笑い声が漏れる。
「あぁ……準備は整った。明後日、俺は発つ」
いつかこの日が来る……そんなことは分かっていた。
何よりこれは、俺自身が望んだことだから。
ごめんな、ロア。
きっとこれからお前に、つらい思いをさせるんだろうな。
書簡を羽織ったジャケットの内ポケットに仕舞う。
不意にロアの泣き顔が脳裏に蘇り、思わず眉間には傷の様に深い皺が刻まれた。
「ロアの事、最大限のフォローはしよう。だがいつまでも待たせてはおけぬだろら早急に事を終えるんだな」
「分かっている」
心中を察したかのようなノクセスの静かな声に、俺は思わず目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出した。
泣かせた分だけ必ず幸せにする。
だから待っていてくれ…ロア。
覚悟を決めた俺は、ゆっくりと目を開く。
こうしてノクセスと今後の事を軽く話し合ってから、彼の待つ客間へと戻って行った。
ベッドに戻ると、俺の枕を抱き締めたロアがスヤスヤと寝ている。
その寝顔を眺めていると、どうにもやるせない気持ちになる。
「……ごめんな、ロア」
その言葉に反応したのか、深く眠っている筈のロアの眉がピクリと動く。
その姿に俺は思わず下唇を噛んだ。
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「出掛けるって、今から?」
かなり遅めの朝食を口に運びながら、そんな声を上げた。
何枚もの絵画が飾られ、メイドや使用人が立ち並ぶダイニングで俺と同じようにパンを丁寧に口に運ぶアーサーがそう告げた。
「あぁ……特にこれと言った予定もないだろ。暫くは王宮暮らしになる。必要なものは全て揃うだろうが、それでも細かい身の回り品をお前と見て回りたくてな」
「なるほど……ってか、王宮暮らしになるの!?」
手にしたパンを口に運ぶ途中で聞いたその言葉のせいで、それはまだ手に持たれたままになっていた。
「ファフニール討伐の褒美だそうだ。行く宛てがないと伝えたら、好きに使えと。ノクセス王子がな」
「は、はぁ……」
まぁ、それなら遠慮無く使わせて貰おう。
本来ならば、一個小隊を率いて討伐に赴く程のドラゴンをたった2人で屠ったのだ。
そのような褒美が出ても、何らおかしい事ではない。
「食べ終えたら早速行くとしよう。少し付き合って欲しい場所があるんだ」
「うん、わかった」
アーサーがそんな事言うの珍しいな……なんて思いながら、残りの食事を口に運んだ。
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