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第27話
27.
「お、美味しい……」
「でしょでしょー! いっぱい食べて、ぜーんぶノクセスの奢りだからねぇ」
「ロアが沢山食べるのは構わないけれど、リアンはまた『食べ過ぎて太ったー!』って泣いて後悔するなよ?」
水色と白の可愛らしい外観のカフェで、男3人ケーキスタンドを取り囲んで、優雅にアフターヌーンティーを楽しんでいる。
とはいえ、ノクセス王子はサンドイッチを口にしただけで、残りのスコーンやら可愛らしいケーキやらは、俺とリアンの胃へと次々に収まって行った。
「そういえばさぁ……ロアって、もしかしなくてもアーサーが初恋?」
ベリーのタルトを口に運びながら、ふとリアンがそんな言葉を投げ掛けた。
同じくチョコケーキを食べる俺は、唐突の質問に目を見張りながらも、こくんと頷く。
「うん、そうなる……あ、っ、いや……そうだな」
「妙に言葉に詰まったようだが?」
紅茶を嗜むノクセス王子からの間髪入れないツッコミに「うぐぐ」と口を噤んだ。
「えー、なになに興味ある~! アーサーには内緒にしとくからさぁ」
「そういうの待ってました!」と言わんばかりにリアンの目は輝いている。
チラッとノクセス王子の方を見ると、彼も彼でニコニコと笑いながら、無言の圧を俺に向けている。
「いや、別に恋ってほどじゃないんだけど……」
「わくわく!」
いやもう、気持ちが前のめり過ぎて口に出ちゃってるし。
「4年前、ブランで各国の要人が集まっての会合があったんだけど、その時廊下でぶつかった人がかっこよかったなぁ、って……」
「うんうん、それでそれで?」
リアンとノクセス王子は期待の眼差しをこちらへと向けている。
……すごいじゃん、すごい食いつくじゃん。
「えっ? ……いや……それ、だけ」
「「は?」」
輝く眼差しが一転、2人の表情が一気に真顔になる。
「それは、恋とは言わないな」
「えー! どこの誰とか聞かなかったの~?」
2人が同時に喋るのを、交互に見遣り泣きそうになる。
「聞くわけないよ、一瞬だし! だから恋って言うほどじゃないって……もー、勘弁して」
そう言って項垂れる姿を、リアンはケラケラ笑っている。
「ノクセスは行かなかったの? その会合」
「あぁ。別に王子指定の会合でも無かったし、ルイスの顔を拝むのは必要最低限にしておきたいしな」
こんなところでも嫌われてるよ、ルイス。まぁ、当然ちゃ当然なんだけど。
「じゃぁそのぶつかった人、ノクセスじゃないのかー」
「絶対違うでしょ……てか、ほんと今となっては顔も殆ど覚えてないし、だからもう、この話はおしまい」
リアンが腕を組んで「むむっ」と悩み始めるのを必死で止める。
もう、この話はこの辺で終わらせていただきたい。恥ずかしいから。
「じゃぁ、次はロアに何聞こっかなー」
「やめてぇ……もうむり……」
もしあの時、その人に声を掛けていたら未来は変わっていたのかもしれない。
こうやってリアンやノクセス王子……アーサーと共に過ごす未来は訪れなかったかもしれない。
この未来を選択出来た自分を少し誇らしく思いながら、俺は飴色の紅茶を口に運んだ。
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「いやまじ、リアン元気だなぁ……」
ようやく解放され、王宮の風呂で足を伸ばした後、部屋へと戻ってきた。
「いてっ」
ベッドで休もうとした所、右目に痛みを感じ、焦って部屋に備え付けてあるドレッサーへと駆け寄る。
「あー、まつ毛入ったのか……くそ、取れない」
格闘の末、どうにかそれを取り除いた俺は「1本だけだよな?」と鏡に顔を近付ける。
その瞬間、耳朶のピアスが瞳に映った。
「……っ、あ……」
紫色に輝くそれが目に入れば、途端に涙が滲んでしまう。
「アーサーはいま、何処で何してるんだろうな……」
『ロア……』
不意に、耳元で|恋しい彼《アーサー》の声が聞こえた気がして、慌てて振り返る。
だがそこには、変わらぬ室内の景色があるだけ。
「気の所為、だよな。そりゃそうか」
溜め息を吐きながら顔を戻し、再び鏡に映る自分に目を向ける。今にも泣き出してしまいそうな、そんな姿が余りにも情けなくて……そんな自分、とてもじゃないが見ていられなくて、急いでベッドに潜り込んだ。
「信じて待っててって言われてるのに」
アーサーが買ってくれた、クマハルを抱き込み、そこに顔を埋める。
『愛してるよ、ロア』
再び、彼の声とその香りが鮮明に蘇ってくる。
だめだ……アーサーに会いたい。もう、痛い程に抱き締めて欲しい。
独りで居ることには、慣れていたはずたった。
俺の人生の約半分は、独りで生きていたんだ。
家族と離れ騎士団に入る事に必死だったあの頃、鍛錬ばかりで友人すらろくに作らなかった。
入団してからだって、休み返上で任務に明け暮れていた。
若くして地位を手に入れようものならば、周りからは妬み僻みばかりが耳に付く。
そうやって生きてきた人生には…心許せる人間など、出来るはずもなかった。
だから……『寂しい』を自覚してから、それがこんなにも辛くて不安で潰れてしまいそうなものだなんて…知らなかったんだ。
「アーサー……」
みるみるうちに腕の中の茶色い毛が湿り気を帯びる。
離れている時間が長ければ長い程、愛しさと切なさが膨れ上がっていく。
「情けないな俺、ホント……」
その夜は、中々寝付くことが出来なかった。
次の日は昼過ぎにリアンが「スレインに行こー!」と誘いに来た。
ギルドの任務で汗を流したり、リアンやノクセス王子と食事に出掛けたりと、そんな生活が3週間程続いたある日の事。
その夜は、庭の|四阿《あずまや》で風に当たっていた。
曇りない空は満天の星空で…眺めているだけで心穏やかになった。
「あっ……」
ふと、一筋の光が放物線を描きながら、星の海を流れていくのが目に留まった。
「流れ星だ」
流れ星に願いを込めるとそれが叶う、なんてお馴染みの話だろう。
「早く、もう一度……アーサーに会えますように」
「ブランに戻る」「騎士に戻る」よりもなによりも反射でそんな事を口にしてしまう。
「……なんて、こんなんで叶ったら苦労しないよな」
「ははっ」と独り乾いた声を上げた時だった。
『綺麗な夜空だな』
ベンチに座り空を見上げる俺の横から、そんな声が聞こえる、
「また俺、幻聴聞いてる」なんて、自分を|嘲笑《あざわら》いながら隣に首を向けると、そこには身体の殆どが透けた状態のアーサーがこちらを見て微笑んでいた。
あぁ、とうとう幻聴だけじゃなく幻覚まで見るようになったんだ……いよいよだな。
そう呆けていると、目の前の幻体が声を出して笑い始める。
『なんだよその顔。もしかして俺の事忘れたのか? あんなに愛し合った仲だと言うのに』
「アー、サー……?」
声を振り絞って愛しい名前を呼ぶ。
その声が聞こえると彼はニコッと微笑み、首を縦に振った。
『どうしてもお前の顔を一目見たくてな。魔法で一時的にお前の前に現れたんだ。ちょっと魔力が足りなくて、半端な状態になってしまったが』
「アーサー! アーサー……お前!!」
反射で彼に抱き着こうと手を伸ばすが、スカッと彼の身体を通り過ぎてしまう。
『悪いな、さすがに身体を完全再現……とまでは行かなかった』
触れられないそう分かっているのにも関わらず、アーサーは俺の身体を抱き締める。
空気に抱き締められているはずなのに……何故かそこには、人の暖かみを感じた。
顔を上げて、その人物をじっと見つめる。
この顔、この声……間違いない。これは俺が愛して止まない|彼《おとこ》だ。
「何処にいるんだよ……会いたいよ、アーサー……」
途端に両眼から大粒の涙が溢れると、彼はそれを拭おうとそこに唇を近付ける。
『あぁ……もうすぐ、会えるから、ロア……もう少しだけ待っていてくれ』
「ほんと、か? ホントに、また会える?」
『本当だ。だから安心してくれ。……愛しているよ、俺のロア』
俺を安心させるように、彼はいつもの綺麗な微笑みを見せると、そのまま優しく口付けを施し消えていった。
「アーサー……」
彼が消えた後にはキラキラと輝く粒子が残り……しばらくの間、消えないそれをじっと見つめていた。
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