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第29話
29.
その日用意された服は、美しい紺色のスーツだった。
白いシャツにピンク色のアスコットタイを巻いて宝石付きのリングで留め、グレーのベストの上に銀縁があしらわれたジャケットを羽織る。
……これって、明らかに正装だよな。
今日、アーサーの所に行くって言っていたけど……一体何処に連れていかれるんだよ……
髪の毛をメイドが綺麗に整えた所で、迎えに来たセオドアに連れられ長い廊下を歩く。
その間もこれから起こることへの期待と不安で、俺の心臓は大きく鳴り続けた。
そうして辿り着いた場所は、王宮の裏庭だった。
そこには、1匹の真っ赤な巨大な鳥のような動物と、上品な深紅のマントを身に纏ったノクセス王子、隣には同じく深紅の布に金の装飾がいつくも施されたローブを身に付けた、リアンが待っていた。
「準備は出来たか?」
「あ、は、はい……」
マントの中には真っ白なスーツ。
首に巻かれたタイには見た事の無いほど大きな青い宝石が嵌められ、「これぞ王子」と言った風格を保っているノクセスに話しかけられ、俺の中で妙な緊張感が走った。
「んじゃ、皆フェニックスに乗っちゃってぇ! あ、熱そうに見えるけど暑くないから安心してね!?」
一体これから、何が起こるんだ。
リアンに言われるがままに炎の幻影を振り撒く鳥の背に乗り、3人が乗ったところで大空に向かってそれは飛び立つ。
「一応ドーム型のバリアも張ってるから、風とか気にしないで! ……まぁ、到着まで1時間くらいかな?寛いでってよぉ~」
外は雲が物凄い速さで過ぎ去っていく。
使い魔的なものなのか……にしても早すぎやしないか、この生き物。
「あの、一体……何が……」
おそるおそる俺がノクセス王子にそう訊ねると、彼は腕を組み「ふむ」と小さく呟いた。
「そうだな……もう、全部話してもいい頃だろう」
そう言ってノクセス王子はリアンに目配せすると、彼は大きく頷いた。
「そうだね。じゃあ、まずは……僕の正体から行こうかー」
「リアンの、正体……」
ゴクリ、と俺は唾を飲む。
ずっと気になっていた、彼の正体。
まぁ、確実に普通の人間ではないのだろう……何処かの王子とか?
だがノクセス王子が発した言葉は、そんな俺の考えの遥か上を行っていた。
「ロアは、『ローゼの大魔術師』という存在を知っているか?」
「え、も……勿論。このノワール大陸……いや、全世界で唯一の存在と云われる程の天才魔術師、それは神に近しい人物だと」
何で今そんな事を? いや、いや……そんなまさか。
稀代の魔術師だぞ?
「そそ! 僕がその、ローゼの大魔術師……なんだよねぇ」
そんな馬鹿な。
「………嘘、だろう?」
驚きすぎた俺の細胞たちが、一回活動を止める。
固まる俺の姿をみたリアンは、ケラケラ笑いながら言葉を続けた。
「ほんとほんとー! まぁ、ローゼのって言われてるけどさぁ、僕ローゼ出身でもなんでもないし、金で飼われてただけなんだよねぇ なんならあの国も国王も好きじゃないしさぁ」
笑顔でペラペラ喋るリアンの言葉を、まるで信じる事が出来ない。
だって|稀《・》|代《・》|の《・》魔術師だぞ?もっとこう、貫禄とかさ……目の前でお気楽に笑う彼からは、そんなもん微塵も感じられない。
確かに、魔術の腕は凄かった。俺の身体を治してくれた時にそれを痛感した。
「ある日、任務でベルデを訪れたリアンと私は偶然出会って……そして、恋に落ちた」
「は?」
「ん?」と自分の耳を疑う。
えっと、何突然のカミングアウト?
顎に手を充てて過去を思い出している最中、それは始まった。
「すっごかったよぉ……ノクセスの求婚! もうなんなら国をやるとまで言われたもん。ま、僕もノクセスに一目惚れしてたから、すぐその話受けたんだけどねぇ~」
「は?」
「私は婚約者も妾も全て捨て、生涯リアンただ1人を愛すると誓った」
「僕もぼくもー! カラダの関係だった人間ぜーんぶサヨナラして、ノクセスの胸に飛び込んだんだよねぇ?」
「はぁ……ソウデシタカ」
なんだ、とんだバカップルだったか。
緊張感もクソもない話に、それはそれは深い溜息を吐き、頭を抱える俺を横目で見たノクセス王子は、その口元を歪めた。
「時にロアよ……今、このノワール大陸の四大大国で起こっている、4つの事件……を知っているか?」
「えっ? そういえば前に、果物市のマダムが何かそれらしい事言ってたような……」
「我がベルデではまだ何も起こってはいないが……恐らくは、ローゼで起こった若い男の切り裂き事件の犯人はルイスだろう」
少し耳を疑う言葉ではあったが、直ぐにそれは自分の中で消化されていった。
確かに、アイツあの時何故かナイフなんて持ち歩いて居たよな。…護身用に持ち歩くにしては、|形《・》|が《・》|低《・》|俗《・》|過《・》|ぎ《・》|て《・》|い《・》|る《・》気はしていた。
「へ!? ……じゃ、じゃぁ残り……」
あの時マダムは何て言ってた?
俺はどうにか過去の記憶を呼び起こす。
――
『ここは平気さ。でもねぇ、まぁ噂だけど……北のローゼで若い男ばかり狙った切り付け事件が横行してるらしくてねぇ。おまけに、宮廷お抱えの大魔術師まで行方不明」
切り付け事件は、ノクセス王子の話によるとルイスによるもの。
宮廷お抱えの大魔術師というのが、リアンの事だろう。
ならば残るは2つ。
確かひとつは、ブランの騎士団副団長行方不明じゃなかったか? それは紛れもない俺の事。
なら、残りは……
残りは確か……アズーロの……
『他にも、随分前だけど西のアズーロじゃ王子が殺されたなんて話も聞くし……あ! 東のブランなんて王国副騎士団長が行方不明なんでしょ?』
「まさか……!」
ハッと息を飲む俺の様子を見たノクセス王子がクスリと微笑む。
まさ、か……それが本当なら……じゃぁ、アーサーは……
いやいや待てよ、流石にそうだとして、俺がその顔を知らないのは不自然じゃないか? 隣国の王子だぞ?
腕を組み唸っていると、ふと昔、騎士団宿舎で誰かが言っていた言葉を思い出した。
『今日さぁ、存在が都市伝説だって言われてるアズーロの第1王子見掛けたんだけど、すっげー美形だったんだよね。あれで表舞台に出るの嫌で全部第2王子に押し付けてるの何でなんだろうなー』
『わかんねー。モテすぎて困る~とかそんなじゃね?』
『うわー、嫌味すぎる』
あの時は興味も無かったし聞き流していたが……まさか。
完全にフリーズしてしまった俺の肩を、リアンがポンポンっと叩く。
「これから行くのはアズーロじゃないんだけど ロアにとってもとっても縁のある場所!」
そう言ってリアンは遥か下に見える大地を指さす。
「俺の?」
「そそ! あっ……見えてきたよ! んじゃ、ちょっと急降下するから捕まっててねぇ」
リアンの言葉と共に、身体がフワッと浮き上がる。
言われた通りに振り落とされぬよう、真っ赤な胴体にしがみついた。
>>>
覚えがある、その建物には。
真っ赤な神獣から降りて踏み締めた大地は、それは懐かしい物だった。
この空気、雰囲気。
忘れる筈がない。
全員が降りるのを確認したノクセス王子が、先陣を切って歩き始める。
見間違う訳ないがないだろ?
だってここは……切磋琢磨して登り詰め、体を張って守った国の……俺が、騎士団に所属してからずっと暮らしていた場所。
ブラン王宮、なのだから。
見慣れた旗が立ち並ぶ、王宮入口へと続く道を2人の後を着いて歩く。
懐かしい……何も変わっていない。
あの焦げ茶色の宮殿も、何個も噴水が置かれた広い庭も、趣味の悪い像が立った入口も。
おかしいのは、騎士団の人間が誰も立ってはいない。
普通なら門のところに、最低でも4人が在中しているはずなのに。
それどころか見慣れない青い隊服を着た人間が、あちらこちらで目に付く。
重厚な扉を開き、高い天井のエントランスへと足を踏み入れる。
「豪華絢爛とはこのこと」と云わんばかりの存在感を示すシャンデリア。白い大理石に金色の調度品が並ぶその場を、遜色ない3人は突き進んでいく。
赤い絨毯が敷かれた階段を登った先……この先に在るのは、謁見の間であろうか。
ノクセス王子が廊下突き当りにある茶色の扉を開けると、それを制する様に若い騎士が飛び出て来た。
「誰だお前! 今、大事な糾弾の途中だ!! 勝手に入ってくるなど…」
そう必死に叫ぶ騎士を鼻で笑ったノクセス王子は、真っ白い部屋の高い位置に鎮座する人物に、大きな声を掛ける。
「だ、そうだが? なんだ……部下の教育がなってないんじゃないか?」
「誰に話し掛けているんだ?」とアーサーと同じぐらい大きなノクセス王子の後ろから、ぴょんぴょん跳ねて前を見ようとするが、まるで見えない。
「……ああ、悪い、それは新顔でな。俺が眠っている間に入ったそうだ」
そうこうしている間に返ってきたその声に、俺の身体が大きく反応する。
この、声は……
いや、間違うはずが無い。
……だって、だって……この声は、何度も焦がれた……あの人の……
「折角お前の誘いに乗ったんだ、興ざめな事はよしてくれよ?……なぁ、アルトリウス・キール・ヴェルメリオ……アズーロ王国第1王子?」
前に立っていたノクセス王子が身体を横に向けたので、漸く視界が開ける。
真っ赤な絨毯の着地点。その真ん中の誰よりも高い位置にある金色の玉座に座る紫髪。
それは紛れもない……アーサーの姿だった。
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