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第32話
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「さて、と。では……お前の処分へと移ろう」
そのアーサーの発言に、その場の誰もが息を飲んだ。
ブラン王国は消えた。
あの、最悪とも言える王政から、皆解放される事となったのだ。
この群衆の殆どがあのルイスの暴政に苦しんだのだ。
そんな奴に、今鉄槌が下されようとしている。
「先ずはお前の罪を暴こうか。大きく3つあるな」
『そんなに…?』『いやもっとあるんじゃないか?』『俺たちに苦行強いておいてなんなんだよ』
と、群衆のざわめきは最高潮になっているようだ。
「……っ」
アーサーが口を開くのを、俺も民衆も固唾を飲んで見守っている。
もちろん……当の本人であるルイスでさえ、も。
「1つ、これはこの場で誰もが知っている。お前は随分好き勝手生きていたな。民からの異常なまでの搾取、一部権力者のみが得をする法の制定。おまけに男も女も関係なく欲望のままに犯し、思い通りにならなければ処罰。お前が作り出した地下深くの強制収容所なんてクソみたいな施設には、人が溢れかえっているそうじゃないか」
聞くだけで反吐が出る。
こいつは権力を与えてはいけない人間だった。
それはきっと俺だけじゃなく、集まった民衆も同じ気持ちなんだろう。
息巻く彼らは、今すぐにでも襲い掛かりますと言わんばかりの目でルイスを厳しい目で睨み付けている。
「……っ…」
ルイスはバツが悪そうに目を泳がせていた。
「2つ……お前は前々から疎ましい存在だった|隣国の王子《俺》を、密談と称して呼び出して……毒殺した」
「……え?」
その言葉に、大きく首を後ろに向けた。
どういう、事だ……殺された……?
ならば、いま目の前に居るアーサーは一体……
思わずアーサーが俺の腰に回したままの左手に自分の手を重ねる。
暖かい。これは生きている者の体温だ、間違いない。
「そうだ……お前は確かにあの時死んだはず……なのに、どうして目の前にいるんだ」
ルイスは涙を流しながら震える声でそう叫ぶ。
その顔には、恐怖が色濃く浮かび上がっている。
「俺はあの時死んでは居なかったんだよ。……出した紅茶に毒を仕込んだまでは良かった。それを飲んだ俺の身体は即座に痙攣し始め……それを目にしたお前はその場から逃げ去った」
「そうだ! |あ《・》|の《・》|毒《・》|で《・》|死《・》|な《・》|ぬ《・》|者《・》|を《・》|見《・》|た《・》|事《・》|が《・》|な《・》|い《・》!! だから……」
「ほう? それは、あの毒を使ったのは今回が初めてじゃない、と聞こえるなぁ」
ビクッとルイスの身体が大きく跳ね「あ……あ」と震え始める。
……まさかコイツ本当に?
つい奴をゴミを見る目で見てしまう。
最悪だな。
「まぁいい……お前が立ち去った後、俺は最後の力でテーブルを倒した。大きな音に、外で待機していたレーファウが部屋に飛び込み、すぐに解毒と治癒魔法を施した。流石に暫くは意識不明の重体、というやつになってしまったがなぁ」
それでアーサーは、俺の愛剣に?
生死を彷徨う彼の魂が、アーサー・オブ・ダークに入り込んでしまった、という事か?
そんな事が有り得るのか……
にわかに信じられないという顔で、彼を見つめる俺を安心させるかのようにアーサーは微笑む。
「しんで、なかった……」
ルイスは呆けたままその場に崩れ落ちる。
「ダメだろ、ルイス。殺した相手は最後まで見届けないと。……まぁ、死んでいようがなかろうが、お前は他所の王族をその手に掛けようとした。アズーロが攻め込んで来るには充分な理由だろう?」
当然だ。
考えたくもないけれど……もし、アーサーがそれで死んでしまったら。怒ったアズーロが報復を仕掛けて来ても、誰もなんの文句は言えないだろ。
「3つ目」
その声は、前の2つを語る時とは比べ物にならないくらい凍りついていた。
ビクッと反射で背筋が跳ねる。
アーサーの表情を横目で確認すると、その目は瞳孔が開いているようにも見えた。
自分の殺害未遂よりも怒ってる? 何をやったんだよ、ルイスの奴は。
「……お前はこのロアを、若くして副団長に就任させたのをいい事に関係を迫った。そして、思い通りにならなければ全てを奪い国外追放……クズ以下の存在だな」
「は? ……お、れ?」
素っ頓狂な声が出た。
ほらみろ、群衆もその全員の口が開いたままになっているじゃないか。
どう考えても……1番罪が軽いだろ!!
「このロアが、知らない地に1人放り出され、どれだけ不安だったか……」
いや、1人じゃなかったけど。
「頼るあても無い……未来に絶望しかない、夜も眠れなかっただろう。そんなロアの心中を考えると……俺は、もう……」
いや、近所の皆も優しくしてくれたし、ギルドで暴れて稼いで、なんならブランにいた時よりも楽しく生きていたけど。
飯も美味かったし。もうこのままでもいいかなって思ってたくらいだが。
「辛かったな……よく頑張った、ロア……」
出ていない涙を拭いながら、アーサーが俺を見つめる。
「はは、ははは……」
もう俺の口からは乾いた笑いしか生まれない。
ほら! 向こうのノクセスとリアンも、どうにか声は殺しているが 腹を抱えて笑ってるじゃねーか。
なんだこの茶番は。
一気に緊張感が解け、ついアーサーをジロっと睨んでしまうが、当のアーサーはさも当然の事を言いました…なんて顔している。
「……っ、ふぅ……私からも、1つ良いだろうか」
どうにか声色を|繕《つくろ》ったノクセスが、そこで声を挙げた。
「ほう、ベルデでも何かやっていたか?」
わざとらしい声をアーサーが挙げた。
「我が国、ではないが……お前、ローゼで若い男への切り付け事件を起こしているな? あちらの国から相談を受け、ベルデの方で調査を行った」
ちら、とノクセスがリアンに目配せをすると「任せて!」と彼にウインクを返す。
リアンが杖を振り翳すと、部屋の真ん中に映像が浮かび上がった。
そこには、暗い裏路地で……恐らく情事を終えた後なのだろう。相手の男をナイフで切り付けながら笑うルイスの姿が鮮明に映し出されていた。
その映像に眉を寄せる者や顔を背ける者で、その場は溢れかえった。
「だとよ。どんどん罪が増えていくなぁ。え? ルイスさんよォ…」
「くっくっく」と笑いながらそう言うアーサーの顔は悦に浸っている。
いやもうほんと、王子の顔じゃないんよ、それは。
ルイスは言葉を発することすらせずに俯いてしまった。
「さて、では今後のお前への対応だが……」
ゴクリ、と唾を飲む音がそこかしこから聞こえる。
アーサーはリアンに目配せをすると、俺を玉座に残しルイスに向かって歩みを進め、
冷たい床の上に崩れ落ちる|彼《ルイス》の前に仁王立ちになった。
そして、真っ直ぐ宙に手を伸ばす。
するとそれを合図にリアンが杖を振り、徐々に|その《アーサーの》手に光が集積したかと思えば……それは見覚えのある形へと変化してゆく。
こうして顕現したアーサー・オブ・ダークは、その漆黒の剣身に掠ったルイスの前髪を切り刻みながら、勢いよく床に突き刺さった。
ザンッッ!! という音が響き渡れば、その場一体が静寂と緊張感に包まれる。
「おいで、ロア」
呆然とその様子を見守るしかない俺のほうを振り向いたアーサーは、それはそれはいい笑顔で俺を手招く。
その手に導かれるまま彼に近寄ると、腕を引かれ愛剣の前に立つこととなった。
「アーサー、これ、は……」
「お前は、|ルイス《バカ》に報復する為、ブランに戻りたいと金を稼いでいたな。いま、その時が来た」
「えっ……」
振り向いた先のアーサーは、とても穏やかな顔をしていた。
「ロアの望む方法で、やるといい」
その言葉に、目を大きく開く。
確かに俺は、ルイスに仕返しがしたいと……その為にベルデのギルドで金稼ぎに明け暮れていた。
目の前には、アーサー・オブ・ダークと、もう立つ気力すら残っていないルイス。
俺は、手に馴染む黒い柄を握る。
ドクン、ドクン、と全身が脈打つ。
――こいつは、俺に汚名を着せたばかりか身体まで汚そうとした。ブランで私腹を肥やし、|アーサー《俺の愛する人》まで手に掛けた。
ルイスを見る俺の青い瞳には今、光なんて宿っていないのだろう。
「今から行われる事に対して、何ひとつ罪に問われることは無い。ロアの好きなようにすればいい」
後ろからアーサーのそんな声が聞こえた。
民衆が固唾を飲んで俺を見守っているのを肌で感じる。
きっと皆、コレの斬首を望んでいるのだろう。
自然と、愛剣を握る手に力が入る。
「やめっ……やめ、て……」
涙ながらに命乞いをするルイスの姿は、王族の気品の欠片もなく、あまりにも惨めで滑稽なものだった。
そんな奴の目の前で、パッと柄から手を離すの「へ?」とルイスが間抜けな声を出す。
その瞬間、彼の左頬に俺の綺麗な右ストレートが決まった。
「「「!!??」」」
民衆と、ノクセスやルイス……レーファウまでもが、驚いた顔で俺を見つめている。
「これだろ? あの時言った俺の|報《・》|復《・》ってやつ」
『とりあえず一発ぶん殴ってやんないと気が済まない』
吹っ飛んで気絶仕掛けているルイスを横目に、アーサーの方を向き「ニッ」と笑ってみせた。
唖然とそれを見守っていたアーサーが、途端に腹を抱えて笑い始める。
「あぁ……さすが、俺が愛した男だな」
その台詞に、少し擽ったさを感じながら笑顔を返すと、頬を抑えて震えるルイスに視線を移した。
「俺はお前を許せないよ、ルイス。……だけど、死んで楽になんてさせない。生きて……これまで皆が味わった苦しみを味わうんだ」
そう言い捨てる俺に、ルイスは何かを返す気力は無いようだった。
「お前の今後が決まったなぁ、ルイス。生きて罪を償うんだ。……そういえば、お前が作った地下の収容施設。あれは凄いなぁ。地下深くに作られ、1度入れられれば逃げようとした者にはトラップが発動し即死。言ってしまえば一生逃げられないダンジョン……よく作ったなぁ、あんな物を」
ニヤニヤとそれを語るアーサーの口元はこの上ない程に歪んでいる。
「まさか……」
ルイスの顔が、みるみるうちに青を通り越して白く変化してゆく。
「不当な罪で投獄された者は既に全員助け出してある。中に残った者は本当に重罪を犯した人間……それだけじゃお前は寂しいかと思ってな、アズーロとベルデで手を焼いている罪人も追加しておいた。まぁ、これからはそいつらと仲良くやっていくんだな」
「連れて行け」とアーサーがルイスを取り囲む騎士達に合図をすると、即座に奴の両腕が掴まれ部屋の外に引き摺られていく。
「いやだ! いやだ!! 離せッッたすけ……」
悲痛な声は扉が閉まると同時に、もう誰の耳にも聞こえなくなってしまった。
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