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ひとりぼっちのふたり 3
一瞬ネロは、ぽかんとして。
あ、そっか、さっきのアイツらね、とすぐに気づいた。
(ネロめ、覚えてろー、ってダッセェ捨てゼリフ吐いてたもんな)
ネロがひとりで納得したら、シェルがちょっと困ったように灰色の眉をさげた。
「きみは、なんて言うか…………有名だから」
「あー」
シェルが言わずにぼやかした言葉は、すぐわかった。
乱暴者。
バケモノ。
谷底からきた、穢らわしい悪魔の子。
……フン。
(オレが何したっていうんだよ)
ちょっとムカつくヤツらを蹴散らして、うるさい連中をにらみつけて、それでもしつこく絡んでくるバカをわからせてやっただけじゃんか。
「シェルはさぁ、オレのこと……怖い?」
おそるおそる訊ねてみた。
訊ねながら、ネロはすでに諦めていた。
(こいつもやっぱり、同じなんだ)
みんな、ネロのことが怖いのだ。
彼らは明るい浅瀬の海の人魚で、ネロは暗い谷底で生まれた人魚だから。
――――ちがうんだよ、棲む世界が。
じいちゃんはいつも言っていた。
――――上の連中と付き合うもんじゃない。おまえは、何もわかっちゃいない。
ネロの肌は色が青くて、青黒い尾びれも、とがった背びれも、すべてがみんなとはどこか違う。遠くからでもすぐわかる。なによりネロのちいさな顔のなかでギラギラ光る、血のように真っ赤なふたつの目が、ここの人魚たちには気味が悪いらしい。
(どうせこいつも、オレを怖がる)
じいちゃんは正しかった。
いまの巣穴は気に入ってるけど、やっぱりオレは、谷底にもどるべきなのかも。あそこの連中なら少なくとも、オレを見た目で怖がったりはしない。
くすんだ灰色の睫毛がまばたきした。
青い目が、じっとネロを見つめた。
シェルが、しずかに首をふった。
ううん、と、やわらかい声がちいさな泡とともに洩れた。
「怖くないよ」
シェルはふんわり微笑んでいた。ネロにおびえてウソを答えたわけじゃなさそうだった。
「ネロはぼくに、やさしくしてくれたから」
「……は、はぁ!?」
カッと、顔が熱くなった。
砂をまきちらしながら飛び上がって、叫んでいた。
「し、してねーし! オレ、や、や、やさしくなんかねーもん!」
「いいよ、なにして遊ぶ? ぼく、だれかと一緒に遊ぶのってはじめて」
うれしそうに笑うシェルに手を引っぱられて、ふたりで野原を泳ぎまわった。
小魚の群れを追いかけて、ちぎった海藻を頭や尾びれに巻きつけて、砂を蹴散らして寝っ転がって、明るい海面を見あげて泡を吐いて、どっちの泡のほうが大きいか競争して、ふたりでくすくす笑いあった。
だれかと一緒にいるだけで、そんなくだらないことでも時間を忘れるほど楽しく感じることを、ネロははじめて知った。
(……ううん、オレ、知ってた)
じいちゃんがいた頃は、オレは毎日、やっぱりおなじくらい楽しかった。
こんな気持ち、もうずっと忘れてた。
夕暮れになって、帰っていくシェルの尾びれを、薄暗い波のむこうにぼんやり見送って。
ネロはどうしようもなく悲しくなった。
気づいたら全速力でシェルを追いかけて、その背中にしがみついていた。
びっくりしてふり返ったシェルを、ぎゅうっと抱きしめて叫んだ。
「帰っちゃだめ! オレと一緒にいようよ!」
「えっ?」
「身代わりにするヤツらなんかいらねーよ! オレと一緒にいれば、オレがぜんぶ追い払ってあげる! サメでも、シャチでも、クラーケンでも!」
ポカンとしているシェルの手をつかんで、ネロは思いつくまま叫んでいた。
「それにそれにっ、シェルの気持ちがあふれたら、オレが代わりに言い返してやる! こっそり教えてよ! どいつにイヤなことされたのか、どんなイヤなことされたのか、そしたらオレがそいつのことぶっ飛ばしてやる! オレがシェルの貝殻になったげる! ほら、すげーいい考え!」
(なんでオレ、こんなに必死なんだろ)
自分でもよくわからなかった。
でも、シェルをはなしたくなかった。
(また明日、なんて)
そんな約束うそっぱちだ。
だって、じいちゃんは目を覚まさなかった。明日になったらって言ったくせに。ずっと一緒だって言ったくせに。またひとりぼっちにはなりたくない。一緒にいたい。ねえ、じいちゃん。
(オレ、この子と一緒にいたい!)
ネロが必死にまくしたてているあいだじゅう、シェルは青い目を見開いて、ぼんやりネロを見つめていた。
言葉を切って、肩をゆらして水を吐いているネロをじっと見つめて。
シェルの青い目がふんわり、うれしそうに笑った。
「ぼくも。ぼくもネロと、一緒にいたい」
「ほんとっ!?」
「あのね、ぼく、おばあさまが泡になってしまわれてから、ずっとひとりぼっちで――」
「じゃあオレんちに来いよっ!!!」
自分の勢いがすごすぎて、シェルをびっくりさせたと気づいた。
ゆっくり水を吐いて、ネロはおそるおそるシェルを見つめた。
「えっと、オ、オレもね、じいちゃんがいなくなってから、ずっとひとりで。だからさ」
「そこ…………ぼくの寝床も、つくれそう?」
「サイコーのをつくってやるよっ!!」
すっかり暗くなった水のなかを、シェルと手をつないで家へ泳いだ。
となりを見て、目があうたびに、恥ずかしそうにくすくす笑うシェルを見て。家に帰るのがこんなにうれしいのは、いつぶりだろうと考えて。
またうれしさが尾びれの先まで満ちていって、跳ねるように水を蹴った。
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