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泡になった初恋 2
洞の外でふと見上げると、サンゴの梢を透かして遠い月の光がきらきらゆれていた。
その、ほのかな明かりさえ疎ましくて。
ぼんやり青い暗闇の、とくに闇の深い木陰をえらんで砂に寝転んで、ふたりで食べるつもりだった小魚をひとりで平らげてウトウトしていたら。
やわらかく水をゆらして、となりに何かが潜りこんできた気配があった。
シェルだった。
ぎゅっと抱きつかれた腕に肌の温かさを感じて、自分の尾びれに絡みついてくるシェルの尾びれのなめらかさに、鼓動が速くなった。
ドクンドクンと全身が脈打って、下腹部に今まで感じたことのない熱が集まってくる。
(なにこれ、なにこれ)
どうしよう。
オレ、ヤバいかも。
「シェル、あっ、あのさっ」
シェルの腕のなかから自分の腕を引きぬこうとして、ふと、シェルが震えていることに気づいた。
「……シェル? 怖いのか?」
ネロの腕にしがみついたまま、シェルがちいさくうなずいた。消え入りそうな声が「暗くて」とつぶやいた。
「けど、オレたちがずっと棲んでた洞穴だって、夜はおなじくらい暗かったじゃん?」
「わからない。でも気配がちがう。ここの闇はもっと濃くて……なにかに、見られてるみたいで」
「見られてる?」
あたりの気配を探ってみる。
波がやわらかくそよいでいるだけだ。
「わからない……あの谷よりは、ずっとマシだけど」
「んじゃ、中に入ってろよ」
ふるふるとシェルが首をふった。
「おねがい、ネロ。明かりをつけてもいい?」
「だから中にいろって。ランプ並べまくって明るくしてあったじゃん。生け贄の儀式みたいに」
「ネロもくる?」
「いかない」
「じゃあ、ぼくもここにいたい。あのね、本当に一番小さいのでいいから、ね?」
(あー、なるほどね)
突然バカバカしい気持ちになった。
シェルは結局、あの真っ白でピカピカ明るい洞穴が恋しいんだ。
あれを基準にするから、この程度のフツーの闇まで、とんでもなく真っ暗に感じる。目に見えないおぞましいものがあちこちで蠢いている幻覚にとり憑かれる。
過剰反応。
強迫観念。
どこに行ってもおなじ。あの洞穴以外は。
「ねぇ、ネロ」
「しつけーよ!」
イライラした。
(オレは、一緒にいたいのに)
ずっと、ずっと、シェルと二人でいたいのに。
たぶんネロたちの身体は、それを許してはくれない。
きっと自分たちは、この海で最も遠い生き物で。本当は決して交わらないふたつなのに、うっかり出会って同じ場所にとどまっていただけ。波に流されてきた海藻がサンゴに引っかかっているみたいに。
潮の流れが変わったのだ。
もとの場所へ帰れと、波がふたりに唸っている。
(だけどオレは、シェルといたい)
シェルを離したくない。
だからオレは、オレにできる最大限の我慢をしてんのに。なのにシェルは、あの洞穴が忘れられねーんだ。
オレよりも。
オレなんかよりも。
(あのクソみてーな真っ白い洞穴のほうが、ずっと、ずっと、大切なんだろ!)
クソったれ!
「暗いのがイヤなら中に戻れよ! オレは明るいとダメなんだよ! 頭がガンガンして具合が悪くなんの! シェルだって知ってるくせに!! ワガママすぎるんだよおまえ!!!」
シェルが大きく目を見開いた。
その目がきらきらゆれて、たちまち大粒の涙があふれだして、砂のうえに硝子玉がいくつもいくつも転がり落ちた。
逃げていこうとするシェルにハッとした。
ネロもあわてて飛び起きて、腕を掴んで引き寄せて、背中からシェルをきつく抱きしめた。
「……ごめん、怒鳴って悪かった。何を言いたかった? 教えて、シェル」
ネロの腕のなかで肩を震わせて、シェルが黙って首をふった。
ふたりの下の白い砂に、シェルのこぼす硝子玉が、ただ、ひっそりと積もっていった。
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