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泡になった初恋 3
朝。
ネロは、まぶしい陽射しのなかで目を覚ました。
腕のなかには、ネロの胸にしがみつくように丸くなって、シェルがいた。
きのう、黙って泣きつづけるシェルをネロが抱きしめてはなさず、そのままふたりで眠ってしまったのだった。
目に染みるような陽射しのなか。
自分の腕のなかで眠っているシェルの顔を見ていたら、ネロはきのうの自分がバカバカしくなった。
(なんでオレ、あんなに)
いいじゃん。
ランプくらい。
シェルがつけたいって言うんなら、頭上の枝いっぱいにお祭りみたいにランプをぶらさげて、真昼よりも明るくしてやればいい。
その明かりのなかでシェルが笑ってくれるなら、オレは頭が痛いのくらい、いくらだって我慢できる。
いいよ。
わかったよ、シェル。
(しょーがねえなぁ)
シェルが目を覚ますのが待ち遠しかった。
きっとシェルは笑ってくれる。喜んで、ネロに抱きついてくる。オレたちはまだ一緒にいられる。ここでずっと、ふたりでしあわせに暮らしていける。
長い睫毛が震えて、シェルがパチッと目をあけた。
陽射しを浴びて、白い髪もやわらかい頬もまぶしい金色にかがやかせて、透きとおった真っ青な目がネロを見つめた。
目を丸くしてまばたきして、白い頬がみるみる赤くなっていく。恥ずかしそうに、ほんの少しうつむいたその顔が、夢のようにきれいで、愛おしくて……
ドクンと、心臓が跳ねた。
頭が真っ白になって、今すぐきつく抱きしめて、それ以上のことまでしたくなった。
(それ以上?)
それ以上ってなに?
ダメ、ダメ。ダメに決まってんだろ。
そんなことしてシェルに嫌われたら、オレもう生きていけない。
「……おはよ、シェル」
「あ……うん」
おはよう、とネロの腕のなかでシェルが困った顔をした。
「ごめんね、ネロ。ぼく、あのまま寝ちゃったみたいで」
「よく眠れた?」
うつむいたシェルが、恥ずかしそうにうなずいた。
あのさ、と声をかけようとしたら、シェルが顔をあげてネロを見た。
「あのね、ネロ」
その青い目があまりにも、まっすぐだったから。
言われる前にネロにはぜんぶ、わかってしまった。
(ああ、そっか)
オレはシェルと一緒にいたいけど。
シェルもまだオレと一緒にいたいとは、限らねーじゃん。
するどい爪で心臓をえぐられている気分だった。
(バカだな、オレ)
ほんと、バカだな。
「あのね、考えたんだけど、ぼくたち」
「あーうん、わかった。おっけー、おっけー。わかってる」
シェルの口から聞きたくなくて、無理やり遮って、無理やり明るく笑って見せた。
「オレも、同じこと考えてたとこ」
「じゃあ」
「終わりにしよう」
え、とシェルの目がゆれた。
その青い目を見つめつづけるのがつらくて、ネロは思わず目をそらした。
「一緒に暮らすのは、おしまい。もう無理なんだ。おまえだって、わかってたんだろ」
視界の隅で、シェルの青い目が光って、まばたきの隙間から透きとおった何かがこぼれ落ちるのが見えた気がした。
背びれが冷えた。冷たい海流に飛びこんだみたいに。
もしかしたら、シェルが言おうとしたのは、別のことだったのかもしれない。
(だとしたら?)
もうわからない。
もう、遅かった。
「……うん」
わかった、とかすれた声でつぶやいて、シェルの身体がするりと腕のなかから抜け出した。
とっさに追いかけようとするネロの腕をすり抜けて、やわらかくくねらせた尾びれの先で、さよならを言うようにネロの頬を撫でて。
まぶしい陽射しのなか、波のむこうへ泳ぎ去っていく銀色の尾びれを見つめて、ネロは気づいた。
(なんだよ)
オレ、好きだったんじゃん。
シェルのこと。
親友とか、きょうだいとか、二人っきりの家族とか。
そういう気持ちもあったけど。
でも、そうじゃなくて。
(オレはシェルに、恋してたんだ)
もう遅い。
ネロの尾びれで追いかければ、あの背中には追いつける。
だけどたった今、なにか取り返しのつかないものが粉々に砕け散ってしまった。ネロにもシェルにもわかっていた。
尾びれで叩き割ったのは……オレだ。
明るい陽射しに背をむけてネロは泳ぎ出した。
切り立った崖のうえで、真っ暗な谷底から流れてくるひんやりした波に尾びれをゆらし、一度だけ、きらめく海面を見上げて。
深い、深い、暗闇の底へ、もうふり返らずに下りていった。
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