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変わる 1

 やさしい口づけで、とろとろに溶かされて。  ネロの熱い手のひらが、ゆっくりシェルのかたちをなぞっていく。  首筋から肩へ。  背中をゆっくり伝って、背びれの付け根のやわらかい部分をネロの指先がこすった。 「んっ……」    ビクッと身じろぎしたシェルの脇腹を、熱い手のひらがなだめるように撫でてくれる。そのまま、手のひらは腰へと下がっていく。  硝子サンゴの光のなかで、シェルの肌は砂のように白い。その肌がしなやかな尾びれへと変わる腰のあたりだけ、白銀にきらめくウロコは今、ほんのり淡く色づいていた。  まだ、ほのかな紅珊瑚色。  その淡い色づきをなぞるように、ネロの青灰色の手がやさしく撫でるたび、シェルは頭がフワフワした。  尾びれがゆれる。  もっと。  もっとさわってほしい。  ネロの手のひらの動きを、腰が無意識に追いかけている。   「気持ちいい?」 「え?」 「ここ」  そう、ネロが尾びれの境目に手のひらを這わせたとたん、腰に甘い痺れがひろがった。   「んっ……いやじゃ、ない。少し、ゾワゾワする」 「それを、『気持ちいい』っていうんだよ」    赤くなったシェルの耳をやさしく噛んで、ネロが低い声でささやいてくる。  身体が震えて、波にただよう甘い匂いが強くなった。  恥ずかしくて、シェルは白い髪をゆらして首をふって、ネロの胸に顔をうずめた。なのにまた、ネロの手のひらに腰を押しつけてしまう。だって、身体が勝手に反応する。  身体を震わせて尾びれをくねらせているシェルの腰をつかまえて、ネロがふと、手をとめた。 「どうした、これ?」  こわばった声でそう言って。  ネロが手のひらでそっとふれたのは、シェルの尾びれの真ん中あたり。なめらかな白銀のウロコがそこだけはボロボロに剥げて、赤い傷痕がのぞいている。 「痛っ……」  ピリッと走った刺激にシェルが身を縮めたら、ネロの声が低くなった。 「誰にやられた? 嚙み痕だよな? まさか……」  ネロの紅い目が、怒りでぎらりと光った。  いまにもシェルをおいて泳ぎ出して、ダリオを噛み殺しにいってしまいそうな気迫で。  ネロの腕に手をそえて、シェルはちいさく首をふった。 「……僕が噛んだ」  ネロがハッとして、なにか言いたげな視線をよこした。その目から逃げたくて、シェルはネロの胸に顔をうずめた。  ネロは何か察したらしい。  ちいさく泡を吐いて、指先で傷痕のそばをやさしく撫でて、それ以上はなにも言わなかった。  代わりにネロは、シェルの腰を掴む手に力をこめた。  ほんのり色づきが濃くなった境目へ、そっと唇を押しつけてくる。手のひらの愛撫にうっとり蕩けていたシェルの尾びれの境目に、熱くてぬるりとしたなにかが触れた。 「あぁんっ……」    腰から背びれへ衝撃が駆けぬけて、自分でもびっくりするくらい、甘い声が出た。  白い尾びれをくねらせて逃げようとするシェルの腰を、ネロの手がつかまえて、なだめるように撫でて、また色づいたウロコに舌を這わせてくる。  白い尾びれを激しくくねらせて、シェルは必死に手をのばして、ネロの顔を押しのけようとした。   「あぁっ、だめっ、ネロ……それっ……」 「気持ちよくねえ?」 「やっ……それっ、だめっ……」 「イヤ?」 「んんっ……」 「教えろ、シェル。イヤなら、やめる」 「やっ……ぁっ……」  やめて。  でも、やめないで。    自分でも、どうしたいのかわからなかった。  ウロコを舐める舌の熱が、ぬるりとうごめく感触が、尾びれを痺れさせて、身体中にさざ波がひろがっていく。波にまじる甘ったるい匂いが強くなる。  やわらかく吸いついて、舌でゆっくり舐めあげて、手のひらでやさしく撫でおろされて。  シェルが尾びれを震わせるほど、甘い匂いは強くなっていく。シェルの尾びれの境目も、鮮やかに色づいていく。  恥ずかしくて、怖くて、ネロを押しのけようとしていたのに。  いつの間にか、シェルはネロの頭を抱きしめて、ネロを導いていた。舐めてほしい場所へ。  シェルが欲しいところに、ネロは狙ったように舌を這わせてくれる。  気持ちよくて、尾びれがくねる。  ますます強くなっていく甘い匂いに酔いながら、ウロコに激しく吸いつかれて、いよいよ紅く色づいた尾びれをくねらせて。荒く水を吐いていたシェルは、突然、違和感に気づいた。 (熱い)    腹の奥にこもった熱が、みるみる燃えあがって尾びれ全体にひろがっていく。光る石で灯した、炎のように。   「ネ、ネロっ」 「どうした?」 「なんかっ、変……」  はぁっ、と水を吐いたシェルの腹にそっと口づけて、ネロが腕のなかにシェルを抱き寄せてくれた。  その胸にしがみついて、シェルは背中を震わせながら顔をうずめた。 (熱い)  おなかが。  真っ赤に()けた棒で、無理やり掻きまわされているみたいに。   「ネロっ、うぅっ……」 「痛いのか?」 「あ、あついっ……奥っ……ぅ、ああっ!」  背中をのけぞらせて震えるシェルを、ネロがぎゅっと抱きしめてくれる。  ネロにしがみついて悶えながら、自分の尾びれの境目が変色していくのがシェルにも見えた。淡い珊瑚色から、みるみる鮮やかな真紅に色づいていく。 (ぼくっ……かわるんだ……)  こんなに苦しいなんて、知らなかった。  いやだ。  たすけて。  どうして、ぼくなの。  ネロを引きとめられるなら、変わってもいいと思った。この呪いにも、救いがあると思った。   (今夜だけでいい)  たった一晩、ネロのそばにいたい。  ネロの愛がほしい。  それだけなのに。  それすら、ぼくには贅沢なの?  こんな激痛に耐えないと、望むことすら許されないの?    いやだ。  変わりたくない。こんなカラダいらない。くるしい。くるしい。たすけて……!    

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