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月夜の逢瀬 1

(いやだ)    聞きたくなかった。  一緒にいてくれるって、言ったばかりなのに。    ネロの胸にしがみついてうつむいたままでいたら、ネロが笑った気配がした。  密着した胸からネロの笑いが振動になって、シェルの身体にさざ波をたてる。  熱い唇が、やさしくシェルの耳を噛んだ。   「オスでも、できるんだぜ」 「なにが」 「交尾」 「え?」  思わず顔をあげたら、ネロの紅い目がじっとシェルを見つめていた。  一見するどい目は、いつも通りやさしい光をたたえている。でもその奥に、焦れたような暗い炎がゆらめいていた。 「えっと……オスでも、って言った?」 「知らないんだな、シェルは」  ネロがやさしく笑った。   ――知ってるよ。    そう、答えかけた。  嘘じゃない。  つがいのいないオス同士で交尾の練習をする人魚がいることくらい、シェルだって知っている。そんな相手、シェルにはいなかったけれど。  でも、耳元でささやくネロの声は甘くて、紅い瞳が誘うように燃えていて。  違うことを言っているんだと、シェルにもわかった。  もしかして。 (ネロはまだ、その気なの?)    変われなかった、僕でも。  シェルの変化は中途半端に止まってしまった。でも、あたりの波にはあいかわらず甘ったるい匂いがただよっている。  だからかもしれない。  ネロの様子がおかしいのは。  ネロはまだ、このいやらしい匂いの呪いにかかったままなんだ。  ほんの少し、波を照らす月光が明るくなった気がした。 「……知らない」  そう言って、シェルはネロの胸に寄りかかった。  縋りたかった。  ネロを、はなしたくない。  だって。  今夜だけは。  ぼくだけのネロで、いてほしい。 「僕、まだ知らない」  しなやかな黒い尾びれに、自分の尾びれをそっと、からめて。  ネロの首筋にキスしてみる。    上手くできているか、わからない。  誘惑なんてしたことない。  でも、必死だった。  ネロがまだ、僕に興味を持っているなら。  ネロを繋ぎとめておけるなら。 「教えてよ、ネロが。……オス同士のやり方」  ネロがちいさく水を飲んだ。  紅い目の奥で、獰猛な炎が燃え上がるのが見えた。  ネロに抱きしめられて、口づけを交わして。  絡みあって密着した尾びれに、ネロの膨らんだスリットがますます硬くなるのを感じた。 「あんま、煽るな」  ネロがのぞきこんでくる。  シェルの腰をつかんだ手が、背中と尾びれの境目をゆっくり撫でる。 「歯止めがきかなくなる」 「いいよ」  ぜんぶ、忘れてよ。  谷底のこと。  今夜だけ。    「ネロになら、僕、ひどくされてもいい」  だから、僕だけを見て。   「するかよ。俺はシェルに、やさしくしたいんだ」     尾びれの境目をなでていたネロの手のひらが、シェルの腹の上をゆっくりすべりはじめた。  ウロコの薄い、やわらかいシェルの腹部に、指先をかるく沈みこませて。指先でなにかを探すように、ゆっくり下へおりていく。するどい爪でシェルの尾びれを傷つけないよう、慎重に。    ゾクゾクする。  いけないことを、されている。  なのに、先が知りたくなる。    おりてきたネロの指先が、なにかに触れた。  シェルの下腹部の……割れ目。  ほんのり腫れて熱をもった割れ目の、その襞の隙間に、指先が入りこんできた。 「はぁっ……」  背びれが震えるような衝撃が走って、シェルはのけぞった。  思わずもれた嬌声と一緒に、シェルの口から銀色の泡がいくつも立ちのぼって、硝子サンゴの明るい梢に消えていく。   「へぇ」  尾びれをくねらせて逃げようともがくシェルの腰を、青灰色の大きな手のひらで包んで、ネロが笑った。  細めた紅い目に、獰猛な光が宿っている。  口角のあがった唇から、するどい牙がのぞいている。  長い指先がスリットのさらに奥へ入ってこようとする感触がして、シェルは腰をつかまれたまま、激しく尾びれをくねらせた。 「あっ、あぁっ……」 「いい反応するじゃん」 「やっ……ネロ、ぬいてっ……んっ……!」 「気持ちいい?」 「ぬいてっ、だめっ、やっ……あぁっ……!」 「イヤか?」  スリットの内側をなでていた指先が、ゆっくり抜けていく。  ほっとしたのに、少しだけ残念な気持ちになる。あれだけ抜いてと騒いだのに。  ネロの肩にしがみついているシェルの背中を、ネロがなだめるように叩いてくれた。 「痛かったか?」 「……痛くは、ない」 「気持ち悪かった?」 「ぞわぞわ、した」  ネロがフッと笑った。   「んだな。……もっと、触ってほしい?」  ドクンと心臓がはねた。   (さわって……ほしい)  でも、怖い気もする。  これ以上は。 「挿入()れてもいいか、指」  ためらって、ネロの肩に顔をうずめた。  手が震えている。  ドキドキする。  波にただよう甘ったるい匂いが、岩陰に逃げこみそうになるシェルの心をくすぐっていく。 「…………ちょっとだけ、なら」

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