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愛の代償 2

 緑色のサンゴの森を、波がゆらしていく。  真っ白い砂のうえに、まぶしい木漏れ日がおどっている。    薄暗い洞の奥で砂のうえに丸まって、目の裏を突き刺すような痛みに腕をかざしてネロが顔をしかめたら、腕の中のシェルが身じろぎした。  透きとおった青い目でじっとネロを見上げて、一瞬、白い頬を紅潮させてうっとりした顔をして。それから、悲しそうに目をふせた。  ネロの胸に顔をうずめて、シェルがつぶやいた。   「……ごめんね、ネロ」 「ん?」 「呆れたでしょ。僕が、あんまり臆病で」 「ばーか。俺が、陽射しのなかで泳ぐシェルを見たいの」    シェルを抱きしめて、まぶたにキスをして。 「ほら、行ってこいよ」  そうささやいて、シェルの背中を押してやる。  シェルがちいさく首をふった。  ネロの枕元に座って、外の光をさえぎるように白い両手でネロの目を覆って、やさしい手つきでネロの髪をなでる。やわらかい声で、懐かしい歌を歌ってくれる。  この森に戻ってきてから、シェルはずっとこうだ。  負い目を感じているのか、ネロのことが心配なのか、ネロから離れようとしない。  ネロの髪を撫でながら、シェルの目がちらちら、洞の外をうかがっている。  きっと、畑の様子が気になってるんだ。昨日の夜は海が荒れた。一晩中森の梢がゴウゴウゆれて、荒波に吹き飛ばされてきた岩や貝殻が幹にはじかれて、ガラガラ音をたてていた。   「行ってこい。俺は大丈夫だから」 「ううん。僕も、すこし眠くて。ネロのそばに居るよ」 「だーめ。シェルがそばに居ると、俺がヤバいから」  ネロはからかうように笑って、シェルの首を抱き寄せた。  やわらかい髪に顔をうずめて、シェルの匂いを胸いっぱいに吸いこんだ。   (甘い)    あの満月の夜の、本能をむりやり引きずり出す、暴力的な甘ったるさほどではないけれど。  気を抜くと、シェルを砂に押しつけて、白い首筋に食らいついて、シェルが泣き叫ぶまで暴いてやりたくなる。そうする代わりに、シェルの耳を甘噛みして、ささやいた。 「……今からヤるか? 俺はいいけど?」 「もう、ネロってば!」  シェルが赤くなった頬をふくらませてネロをにらみ、尾びれをくねらせてネロの腕から逃げていく。声を殺して笑っているネロを洞の入り口でふりかえって、シェルが小さく笑った。 「また、あとでね」  海草のカーテンをゆらし、水を蹴って、白銀の尾びれが光の中へ泳いでいく。  きれいだった。  目が、灼けるほど。   (俺、しあわせだ)    このしあわせが、続けばいい。  ずっと。  噛みしめるようにほほ笑んで、ネロは眩しすぎるまどろみへと落ちていった。     「見て、ネロ! 僕、思いついたんだ!」  夕暮れ前。  ネロが眠っている洞の海草のカーテンを跳ね飛ばして、シェルが飛びこんできた。  シェルの手には黒っぽくて細長い海藻が握られていた。 「目隠しィ?」 「そう。これをね、こうやって結んで……」  シェルがネロの目に海藻を押しあてて、頭のうしろでキュッと結んだ。  海藻はヌルヌルしていて、腐ったアメフラシみたいな臭いがする。 「どう、ネロ? 僕の畑に生えている中ではいちばん遮光性が高いんだけど」   視界をとざした海藻の、アメフラシ臭い薄明りのむこうから、シェルの上ずった声がする。ワクワクしてるときのシェルの声だ。きっと、頬をほんのり染め、青い目をきらきらさせてネロを見つめている。 「そうだな、少しラクかもな」 「そうでしょう! その海藻、ちょっとぬるっとするよね。その粘液が効くんだよ。患部への抗炎症効果があるんじゃないかって言われていて――」 「たしかに、両手が空くのは便利かもな。……こうやってさ」  ペラペラと海藻の効能を並べたてている嬉しそうな声にネロは耳を澄ませ、見当をつけたあたりの薄闇に腕をのばした。やわらかい身体を抱き寄せて、なめらかな肌に手を這わせて、わざと刺激するように尾びれの境目を撫でてやった。  あっ、とシェルがのけぞって、尾びれをくねらせて逃げようとするのを手探りでつかまえて、背中から覆いかぶさるように抱きしめて、なめらかなうなじを甘噛みした。 「やっ……ネロ、待って……」 「見えないってのも、新鮮だな。すげぇ、興奮する」 「ちがっ……んんっ……もう、ネロったら!」  シェルが身体をよじってネロの腕から逃げ出した。海藻の目隠しをはずすと、頬をふくらませて腰に手をあてて、シェルがネロをにらんでいた。  「茶化さないでよ。僕は真剣に考えてるんだ!」   ああ、そうだな。  わかってるよ。   「ありがと、シェル。けど、目隠しはしない」 「でも、ネロの目が」 「俺はシェルの顔が見たい」  俺のとなりで笑ってる、シェルの姿が見たいんだ。 「そのためにこっちに来たの。だから、目隠しは使わねぇ」    そう言って笑ったネロを見て、シェルがうつむいた。  唇を噛んで、涙をこらえる時の顔をして。  その痩せた肩を抱きしめて、「大丈夫だ」とささやいた。    大丈夫。  俺は、大丈夫だ。  だから、シェルが負い目を感じることなんて、ひとつもない。 「笑ってくれよ、シェル」  抱きしめて、シェルのまぶたにそっとキスした。  ネロの腕の中で、涙でゆれる青い目を細めて、シェルが泣き顔みたいな笑顔をつくった。            

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