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自慢の幼馴染⑤

「どこでお弁当食べようかなぁ」  俺は母親が作ってくれた弁当を抱えて、先程から校舎の中をウロウロしていた。  今日は四時間目の授業が早く終わったから、購買にも行くことができた。パンと弁当という豪華な昼食にありつけそうだ。  しかしそんな日に限って、クラス替えで仲良くなった新しい仲間は部活の遠征中。教室でひとりポツンと弁当を食べるのも居心地が悪いし、かと言って他の仲間の輪に「俺も入れてくれない?」なんて声をかける勇気は、生憎持ち合わせていない。  仕方なく、俺は落ち着いて弁当を食べることのできる場所を先程から探しているのだ。 「……あ、ここがいいかも」  俺が見つけたのは屋上へと続く階段 だった。屋上に出ることができないよう鍵がかかってはいるけれど、屋上から差し込む日差しがポカポカと温かそうだ。  しかも、教室がある棟から離れた場所にあるここには、他の生徒の姿もない。それどころか、声すら聞こえてこない穴場スポットのように感じられた。 「よし、ここにしよう」と、ふと階段の最上階に視線を向けると、そこには男子生徒の姿が――。先客がいたのかと、慌てて踵を返そうとしたけれど、その顔には見覚えがあり……。俺は思わず、そいつの顔を見つめてしまった。  漆のように黒い髪は日差しを受け艶々と輝き、長い睫毛が顔に影を落としている。立ち上がると恐らく背が高いだろう。制服はだらしなく着崩されているけれど、それがなんだか艶っぽくて、俺は同性相手にドキドキしてしまう。  長い手足を無造作に投げ出し、そいつは気持ちよさそうに眠っていた。壁にもたれかかり、穏やかな寝息を立てる姿はとても綺麗で……俺は一瞬で視線を奪われてしまった。  廊下を拭き抜けていく風からは、ほんの少しだけ夏の香りがする。  あぁ、そうだ。もうすぐゴールデンウィークだっけ……。俺は頭の片隅で全然関係のないことを考えてしまう。だって、こいつの顔なんて、毎日見ているはずなのに……こんなにかっこよかったなんて気が付かなかった。どうやって冷静さを取り戻していいのかわからない。  爽やかな風が、俺と未だに夢の中にいるそいつの髪を優しく撫でていく。俺の鼓動の音がやけに鼓膜に響いて、うるさくて仕方がない。  あんまり気持ちよさそうに眠っているから、起こすのが可哀そうだけれど……。でも、こいつだって昼食をとらなければお腹が空くはずだ。それに部活だってあるだろうし。  俺は相変わらず眠り続けるそいつの傍に座って、肩をそっと揺らした。少し触れただけなのに、綺麗についた筋肉の硬さにびっくりしてしまう。 「翠、ねぇ、翠。なんでこんな所で寝てるんだよ? どっか調子が悪いのか?」 「ん、んん……ッ」 「翠、もうお昼ご飯食べたの?」 「んー? あ、碧音さんだ……」  階段で眠っていたのは、二年生の翠だった。  うっすらと目を開けた翠は、俺を見つけると顔をくしゃっとさせながら笑う。そんな幼い表情が可愛らしく感じられた。切れ長の瞳を擦りながら、大きな欠伸をひとつ。まだかなり眠たそうだ。 「もしかして、もう昼休みっすか?」 「うん、そうだけど……翠、いつからここで寝てたんだ?」 「うーん、三時間目からかな?」 「え? 三時間目からって……じゃあ、もしかして授業は?」 「授業? サボったに決まってるじゃないですか?」 「サボったの!?」  悪びれる様子もなく声を出して笑う翠を見て、俺は呆気にとられてしまう。翠って授業を平気でサボるタイプなんだ……と、驚いてしまった。  同じバスケ部でも、翠と伊織はこんなにも違う。伊織は授業をサボる、なんてことはしそうにない。  ――あ、いけない。まただ……。  俺は咄嗟に頭を横に振る。わざわざ他の人と伊織を比べて天秤にかけてしまうのが、俺の悪い癖なのだ。  天秤にかけて、「俺の幼馴染はやっぱりすごい」って得意になったところで、何の意味もない。こんな失礼な癖は直さなくてはいけないと思うのだけれど、どうしても直らない。それほど伊織は俺にとって自慢の幼馴染なのだ。

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