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自慢の幼馴染⑥

「今から購買に行っても、もうパン残ってないですよね?」 「え? 翠、お弁当ないの?」 「はい。四時間目の授業が終わったら購買に行く予定だったから。くはぁ……」  翠はもう一度欠伸をしながら、大きく伸びをしている。それから鼻の頭を掻きながら、恥ずかしそうに肩を竦めた。 「実は、いつも起こしに来てくれる千颯が、今日は体調が悪くて欠席なんです。だからこんな時間まで寝ちゃって……」 「そっか。翠の面倒をいつも千颯がみてくれてるんだもんね」 「そうなんです。だから寝過ごしちゃいました。今日は昼飯なしだなぁ」  そう笑う翠の顔は赤らんでいて、二人はもしかして幼馴染以上の関係なのかなって、思わず詮索したくなってしまった。  千颯はしっかり者だから、自由奔放な翠の世話を焼いていた。それは、甲斐甲斐しく旦那さんの世話をする奥さんのようにも見えて、とても微笑ましい。  そんなことを言っている俺だって、本当にボーっとしているから、いつも伊織に迷惑ばかりかけてしまっている。それは、高校生になった今でも変わらない関係だ。  俺と伊織、それに翠と千颯。  俺たちの関係は、なんだかよく似ていて勝手に親近感を覚えてしまう。お互い、いつまでもこんな関係が続くといいなと、思いながら。 「いいよ。俺の弁当半分あげる」 「え? いいんですか?」 「うん。今日、偶然購買でパンも買えたんだ。だから、パンとお弁当半分こしよう?」 「ラッキー! 碧音さんありがとう!」  嬉しそうに目を細める翠を見ていると、俺まで嬉しくなってしまう。もし弟がいたらこんな感じなのだろうか。  それに……大型犬を飼うとこんな感じなのかもしれない。  そう考えると、可笑しくなってきてしまった。 「碧音さんって優しいんですね。伊織さんも幸せ者だなぁ」 「え?」  伊織さんも幸せ者だなぁ、という翠の言葉を理解できずに、ポカンと翠の顔を見上げる。一体どういう意味だろう。  もしかして、俺と伊織の関係を誤解しているのかもしれない。「俺たちはただの幼馴染だから」と言葉を紡ごうとしたとき、ついっと翠の手が伸びてきた。 「じゃあ、この焼きそばパンいただきます」 「あ、ちょっと翠! 半分こって言っただろう!」 俺の膝に置かれた紙袋の中から、焼きそばパンを取り出そうとする翠の腕に咄嗟にしがみつく。焼きそばパンは滅多にゲットすることのできない人気メニューだ。それを簡単に渡すことなんてできない。 「翠、半分こだよ、半分こ!」 「え? だって俺、焼きそばパン食いたいですもん」 「俺だって食いたい!」 「あははは! わかりましたよ。半分こね。碧音さんは可愛いなぁ」  必死に抵抗する俺の頭を、翠が突然くしゃくしゃっと撫でる。予想もしていなかった出来事に、思わず目を見開いた。  心臓がトクンと跳ね上がる。  翠にしてみたら当たり前のスキンシップなのかもしれないけれど……突然イケメンに頭を撫でられた俺は、顔から火が出そうになってしまった。  それと同時に、翠はいつもこうやって千颯の頭を撫でてやっているのだろうか、という疑問が頭を過る。もしそうだとしたら羨ましい。俺だって、伊織に頭を撫でられてみたい。  今まで伊織以外の奴と深く関わることなんてなかった俺は、人懐こい翠の存在に戸惑いを覚えていた。 「はい、じゃあ焼きそばパン半分こで」 「あ、うん」  俺は差し出された焼きそばパンを受け取る。そんな俺を見て、翠がもう一度微笑んだ。 「やっぱり激レア焼きそばパンは美味いなぁ」  俺は翠と今までちゃんと話をしたことはなかったけれど、こんなにも人懐こくて優しそうに笑うのだと驚かされてしまう。  こういう人間だから、彼は誰からも好かれて、いつも彼の周りには人がいっぱいいるのだろう。そもそも、俺とは住んでいる世界が違うのかもしれない。  このひととき、俺は翠と一緒に過ごす居心地の良さを密かに感じていた。

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