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自慢の幼馴染⑦
翠と昼食を一緒に食べた日の放課後。いつものように翠と校門で別れた俺と伊織は、駅に向かった。
別れ際に「碧音さん、焼きそばパンありがとう!」と手を振ってくる翠はやっぱり大きな犬みたいで、思わず口角が上がってしまう。
後輩って可愛いもんだな……と呑気なことを感じていた。
そんな俺たちを見た伊織が、不思議そうに首を傾げる。
「随分翠と仲良くなったんだな?」
「あ、うん。今日一緒にお昼ご飯を食べたんだ」
「へぇ、そうなんだ」
そう呟く伊織は眉を顰めている。そんな伊織を見ていると、もしかして翠との関係にヤキモチを妬いているのかな?と、勝手に想像して嬉しくなってしまう。
伊織が、俺に対して独占欲を持ってくれているとしたら、それはすごく嬉しい。俺の頬が自然と吊り上がっていくのを感じた。
「そう言えば、今日千颯いなかったな?」
「体調不良で学校を休んでたみたいだよ」
「そっか……。千颯、体調が悪いんだ。心配だな」
伊織の口から出た千颯という名前に、俺は思わず唇を尖らせた。やっぱり、伊織から自分以外の名前が出てくるのは面白くない。
独占欲に嫉妬だなんて、本当に子供みたいだ。
これじゃあ、伊織にヤキモチを妬いてもらう前に、俺自身が嫉妬に身を焦がしてしまうかもしれない。情けなくて、思わず立ち止まって俯いた。
俺ばっかり伊織のことが好きで、悔しい。グッと拳を握り締める。
そんな俺に気付いたのか、伊織が振り返った。
「碧音、どうかしたか?」
心配そうな伊織の声に心が震える。
俺は、伊織の声も温もりも大きな手も。それだけじゃなくて、綺麗な髪も柔らかそうな唇も、伊織の全部を俺だけのものにしたい。
伊織の全部がほしいんだ……。
唇を噛み締めて顔を上げると、伊織が心配そうな顔をしている。こんな風に困らせたい訳じゃないのに、俺の心の中にあるカップからは、伊織が好きという想いが溢れ出してしまっていた。
心が痛くて、千切れてしまいそうだ。目頭が熱くなって、目の前がユラユラと揺れる。
「大丈夫? 碧音もどこか体調が悪いのか?」
「伊織……」
「どうした? 熱でもあるとか?」
「……ひゃッ」
伊織が俺の額にそっと手を当てる。きっといつもと違う俺を見て心配してくれているだけなのだろうけど。俺は思わず飛び上がってしまうくらいびっくりしてしまった。
額に当てられた伊織の手は、想像以上に大きくて筋張っている。それに、ヒンヤリと冷たかった。
「熱はなさそうだな。このまま電車で帰れる? それともおじさんに迎えに来てもらうか?」
「え、あ、だ、大丈夫。電車で帰れるよ」
「そっか。辛かったらちゃんと教えてね」
「……うん、わかった……」
照れくさくて思わず俯いた瞬間、「じゃあ行こうか」と呟いた伊織が、俺の額に当てた手を少しだけずらして前髪を掻き上げてくれた。
その感触に俺の心臓が飛び跳ねる。徐々に心拍が速くなって、呼吸が浅くなっていった。それからゆっくり、体に熱が広がっていく。俺の心が小さく震えた。
どうしようもなく心臓が早鐘を打ち、涙が溢れそうになる。
伊織に頭を撫でられるって、こんな感じなんだ。
昼休みに翠に頭を撫でられたときとは全く異なる感情が、俺の中でシャボン玉みたいに破裂したのを感じる。嬉しいのに、すごく照れくさい。でも、幸せで思わず叫び出したくなった。
『俺は伊織が好き』
この想いを伝えたくて仕方がない。もう心の中に閉じ込めておくことなんてできなくて、伊織が好きだって全身が悲鳴をあげている。息苦しくて、心臓が痛い。
『好き』
大きく息を吸って吐き出す。この思いを伝えようと口を開いた瞬間、伊織がフワッと微笑む。その笑顔を見た俺の心が一気に冷静さを取り戻していった。
好きって伝えたいけれど、もし拒絶されたら?
思わず唇を噛み締めて、もう一度俯いてしまう。この関係が終わってしまったら、こんな風に伊織に笑いかけてもらうことさえなくなるんだ。
危なかった……。俺は首を小さく横に振る。
「伊織、電車に乗り遅れちゃう」
「え? 碧音、ちょっと待ってよ」
今にも泣き出しそうな顔をしていることに気付かれたくない俺は、駅に向かって走り出した。
俺は伊織とずっと一緒にいたい。
そんな強すぎる想いが、俺をどんどん臆病者へと変えていく。それが辛くて苦しくて、でも幸せで……心がグチャグチャになってしまった俺は、それを振り払うかのように改札口へと向かって走ったのだった。
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