9 / 68

水族館デート②

   水族館に行くことを約束した翌日。俺は四時間目の授業が終わると同時に教室を飛び出した。  今は購買に焼きそばパンを買いに行かなくちゃとか、お弁当を食べなくちゃという考えは、頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまっている。  俺が全速力で向かったのは、屋上へと続く階段だった。  きっと、あそこへ行けば翠がいる――俺は逸る気持ちを抑えて走る。どうしても、翠に聞きたいことがあったから。 「はぁはぁ……」  体育以外で運動なんてしない文化部の俺は、少し走っただけで息があがってしまう。廊下の突き当りを曲がると、そこには屋上へと続く階段がある。  頼む翠、今日も授業をさぼっていてくれ! 俺は心の中で祈りながら階段の一番上に視線を移すと、そこには前と同じように翠が眠っていた。  やっぱり今日も授業をサボっているのか……なんて一瞬呆れてしまったけれど、今はそれどころではない。俺は階段を駆け上がると、無遠慮に翠の体を両手で揺すった。 「ねぇ、翠! 翠、起きてよ! 聞きたいことがあるんだ!」 「わ! な、なんだ碧音さんか……超びっくりした」  目を見開きながら飛び起きた翠。そんな翠の体を更に揺らしながら、俺はまくし立てた。 「ねぇ、俺と伊織と、翠と千颯の四人で水族館に行こうって伊織に誘われたんだ! なんで? なんで突然? しかもこんなん、まるでダ、ダブル……」 「ダブル?」 「ダ、ダブルデェ……ト……みたいじゃん……」  物凄い勢いで翠の元までやって来たくせに、肝心なところで恥ずかしくなってしまい、最後のほうは蚊の鳴くような声になってしまう。  よく考えてみたら、これじゃあまるで「俺は伊織が好きです」と翠に告白しているようなものだ。今更それに気が付いた俺は、顔を真っ赤にしながら俯く。  きっと、翠に俺の気持ちを気付かれた。恥ずかしさのあまり、鼻の奥がツンとなる。穴があったら入りたい……俺は頭を掻き毟った。 「本当に、ダブルデートみたいですよね?」 「え?」 「俺も、伊織さんから四人で水族館に行こうって提案されたとき、ぶっちゃけそう思いました」  翠が照れくさそうにはにかむ。その顔がキラキラしていて、俺の鼓動が速くなる。 「やっぱり碧音さん、伊織さんのことが好きだったんですね?」 「べ、別に、俺は伊織のことなんか……」 「ふふっ。隠さなくてもいいですって。伊織さんと一緒にいるときの碧音さんを見てれば、バレバレですから」 「え? 本当に?」 「多分、みんなにはバレてないと思うけど、俺は見ててわかりました。碧音さんは、伊織さんのことが好きなんだって」  からかうわけでも、馬鹿にするでもなく目の前の翠が優しく微笑む。そんな翠の表情に全身から力が抜けていった。 「でも、翠だって千颯のことが好きなんだろう?」 「はい?」  今度は翠が狼狽える番だった。顔を真っ赤にさせながら、目を見開いている。翠こそ、自分が千颯のことを好きだって俺に気付かれていないと思っていたのだろうか。  そう思うと、可笑しくなってくる。 「あー、俺もバレてたのかぁ。めっちゃ恥ずかしい」 「そんなことないよ。俺だって伊織のことが好きだもん」 「碧音さん」 「絶対に秘密だからな。俺、こんなこと翠にしか話したことないんだから」 「わかりました」  俺は、今まで誰にも伊織が好きだと話したことなんてなかった。ずっと心の中に秘めてきた想いを誰かに打ち明けることができて、ホッとした自分もいる。 「これがダブルデートだとしたら、このデートをきっかけに、碧音さんと伊織さんがうまくいくといいですね」 「そ、そんなことあるわけないじゃん……」 「勿論俺も、千颯とうまくいくといいなって思ってます」 「なぁ、もしかして……」 「はい。水族館デートで千颯に告白しようって決めてるんです」 「告、白……」  告白という二文字に、俺の心が跳ね上がる。 「翠、すごいね」  それと同時に翠に感心してしまった。俺はずっと伊織のことが好きで、もう何度も告白をしようと決心したのに……結局は怖くなってしまい、「好きだ」と想いを伝えることができないでいた。  だから、翠がとても眩しく見える。 「このダブルデートで、俺たちの関係に進展があるといいですね! そう思うと今からドキドキする!」 「そうだね、うまくいくといいね」  頬を赤らめながら笑う翠につられて、俺まで嬉しくなってきてしまう。  二人で顔を見合わせて笑った。

ともだちにシェアしよう!