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水族館デート④
水族館デートの当日、俺の心臓はうるさいほどドキドキしていた。まるで遠足の前日のように興奮してしまい、夜だって眠ることができなかった。
数日前に母親に買ってもらった洋服を見ると、この洋服ダサくないかな……と段々不安になってきてしまう。一応ファッション雑誌に目を通して、流行はチェックしたつもりだ。
「あー! 緊張するー!」
俺は頭を抱えてベッドに倒れ込む。伊織とは何回も二人きりで出掛けたことはあるけれど、今回はいつもの外出とは違う気がする。デートという言葉を意識せずにはいられないのだ。
「駄目だ……死んじゃいそう……」
俺は陸に打ち上げられた魚のように、浅い呼吸を繰り返す。少し気を抜くと意識を失ってしまいそうになった。そんなことをしているうちに、集合時間はすぐそこまで迫ってきている。
「あ、ヤバイ⁉ 遅刻する!」
俺は慌ててリュックサックを担いで、部屋を飛び出した。
◇◆◇◆
「碧音さん。こっちです!」
「あ、翠……。遅くなってごめんね」
「大丈夫です。俺たちが早く来ちゃっただけですから」
俺が集合場所に着いたときには他の三人はもう集まっていて、翠が笑顔で手招きをしてくれる。俺は息を切らしながら皆に合流した。
「じゃあ、電車に乗ろうか」
「はい」
伊織の言葉に翠が嬉しそうに返事をした。
翠から今日を楽しみにしていたということが伝わってくる。そんな翠を見ていると、徐々に肩の力が抜けていった。
普段、制服やジャージ姿しか見たことのなかった翠と千颯の私服姿はとても新鮮だった。
翠は、俺が参考にしたファッション誌のモデルが着ていたような服装をしていて、思わず視線を奪われてしまう。白い長袖シャツに、細見えするジーパンを履いているだけなのに、スタイルのいい翠は、どんな洋服でも着こなしてしまいそうだ。かっこよくて、思わず惚れ惚れしてしまった。
逆に千颯は、ベージュのダボっとしたシャツにスキニーパンツ。全体的にゆるっとした印象を与えて、とても可愛らしい。
でも……俺は伊織をチラッと盗み見る。やっぱり伊織が一番かっこいい。シンプルな洋服をさらりと着こなし、制服の時よりも大人びて見えた。
伊織はいつも全身真っ黒な洋服を着ていることが多い。黒で流行りのセットアップを着こなしている。でも顔が華やかなせいか、全然暗い印象なんて与えない。
伊織を見ているだけで、俺の心臓がやかましい程に高鳴った。
「ヤバイ、また緊張してきた」
俺は火照る頬を抑えながら、改札口へと向かったのだった。
水族館に到着する頃には、俺は疲れ切ってしまっていた。加えて昨夜あまり眠れなかったせいか、頭がボーッとしている。
「碧音、大丈夫か?」
伊織が心配そうな顔で覗き込んでくる。その心遣いが嬉しくて、心が温かくなった。
もしこのデートがうまくいったら、俺は伊織に告白するんだ。そう心に決めている。今一緒にいる翠だって、千颯に告白するって言っていた。俺だって、いつまでも怖気づいてはいられない。
水族館の最寄り駅は、早くも家族連れやカップルでごった返している。みんなとても嬉しそうで、そんな人たちを見ているだけで不思議と幸せな気持ちになってきた。
水族館に近付くにつれて、少しずつ感じる海の香り。水族館はもうすぐそこだ。
「よし!」
俺は大きく息を吸い込んでから、心の中で気合いを入れた。
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