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水族館デート⑥
水族館内は薄暗くて、静かな音楽が流れている。外は日差しが強くて汗が滲むほど暑かったから、涼しい館内に入った瞬間、思わずホッと息をついた。
混雑しているからゆっくり一つ一つの水槽を眺めながら……なんてことは無理だけれど、可愛らしい魚が水槽の中を泳ぐ姿に癒される。
ペンギンの水槽の前に行っても人がたくさんいるから、遠くからペンギンを眺めることしかできない。それでも「ペンギン可愛いなぁ」と呟けば、伊織が「本当だね」って笑ってくれた。
その笑顔に俺の心臓は止まりそうになってしまう。これじゃあ、まるで本物のデートみたいだ……。顔がどんどん熱くなっていく。水族館が薄暗くて良かった。こんな顔を伊織に見られたくなかった俺は、慌てて視線を逸らす。
「千颯、こっちに赤ちゃんのペンギンがいる!」
「あ、本当だ。可愛いね」
すぐ傍では翠と千颯の楽しそうな声が聞こえてくる。そんな二人を見ていると、羨ましくなってきてしまった。だって、今の俺にはこの状況を楽しむ余裕さえないんだから。
「こんな調子で、告白なんてできるかなぁ」
俺はそっと溜息を吐く。その時だった。
「千颯は可愛いなぁ」
「え?」
「な、なんでもない」
俺が聞き返すと、伊織は慌てて口を閉ざした。いつもと違う伊織の様子に、俺は眉を顰めた。
「あ、碧音。イルカショーの時間になっちゃう!」
「え? 本当?」
「うん。翠と千颯にも声をかけてドルフィン水槽に行こう。早めに行かないと席が埋まっちゃいそうだもんね」
「わかった。イルカショー、超楽しみ」
でもやっぱり楽しくて、俺は伊織に向って微笑んだのだった。
「あぁ、無理だ……」
俺はベンチに座って大きく溜息をつく。
午前中に行われたイルカショーを見たところで、俺はショーに集中することなんてできなかった。隣に座っている伊織のことが気になって、時々その様子を盗み見ていたのだ。
伊織は、高くジャンプをしてヒレでボールをキックしたり、水槽の中を楽しそうに泳いだりするイルカを見て楽しそうに笑っていた。けれど、俺はイルカより伊織のことばかり見ていた気がする。
伊織、やっぱりかっこいい……。
そんなことを思いながら伊織を眺めているうちに、イルカショーは終わってしまう。イルカが上げる水しぶきより、伊織のほうがキラキラと輝いて見えた。
それに先程みんなで食べたハンバーガーだって、味なんかしなかった。きっととても美味しいんだろうけど、緊張のあまりハンバーガーを味わっている余裕などないのだ。
だってこの四人での外出は、俺の想像以上にダブルデート感満載だったのだから。
「あぁ、疲れた……」
午後の三時を過ぎた頃にはグッタリしてしまい、倒れそうになってしまう。
「碧音、大丈夫? 暑気あたりした?」
「ううん、大丈夫。ごめんね、心配かけて」
「ほら、これ飲んで」
「あ、ありがとう」
伊織が買ってきてくれたスポーツドリンクは冷たくて、一口飲むだけで火照った体にスッと浸透していくようだ。
昼食を食べた後に見た、ペンギンやアシカのショーだって楽しかったし、すごいなって感心してしまった。でも、ただそれだけなのだ。
今の俺はどんなものを見ても、きっと心に入ってこないだろう。だって俺は、伊織のことしか見えていないんだから。
そんな俺を見て、伊織が静かに微笑む。その柔らかな表情に、今度こそ俺の心臓が止まりそうになってしまった。
あぁ。俺は、伊織が好きだ……。
確認するかのように心の中で呟く。「俺は伊織がずっと好きだった」と、今なら自分の想いを伝えられるような気がする。
ふと翠と千颯に視線を移すと、少し離れた場所にある亀の水槽を二人で楽しそうに眺めていた。
今なら、告白できるかも……。
少しずつ心が固まっていく。この水族館の楽しい雰囲気に便乗して、冗談のように想いを伝えてみよう。今、俺と伊織はとてもいい雰囲気だから、もしかしたら「俺も碧音が好き」って言ってもらえるかもしれない。
告白、しようかな……。
「ねぇ、伊織……」
俺が口を開きかけた瞬間、伊織から言われた言葉に、俺は思わず自分の耳を疑ってしまった。
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