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第三話 失恋と惹かれる心①
初っ端に水族館のことがあった俺のゴールデンウィークは、最悪な形で幕を引く。その後、スマホの電源はオフにしたまま、誰にも会わずに引き籠って家で過ごした。
高校生活最後のゴールデンウィークがこんな形で終わってしまったことが悲しくて、俺は連休明けに登校することがひどく憂鬱だった。
しかし、そんな俺に追い打ちをかける出来事が起きてしまう。立ち直れる日もやってくるかもしれない。そんな一縷の望みを打ち砕いてくるような。それ程その出来事には破壊力があった。
それはいつも通り、伊織と翠、それに千颯の四人で下校しているときのこと。四人で顔を合わせるなんて、気まずい以外の何ものでもなかった俺は、口数少なく皆の少し後ろを離れて歩いていた。
スマホの電源をずっとオフにしていた俺は、あの後伊織と千颯がどうなったのかなんて知る由もない。ずっと連絡が取れなかった俺を心配してくれた伊織には「スマホが壊れた」と嘘をついてしまったのだった。
伊織と千颯は付き合うことになったんだろうか。
もし付き合うことになったとしたら、もう手を繋いだのだろうか? キスはしたんだろうか? そんな考えなくてもいいことをとりとめなく考えては、どんどん苦しくなっていく。それを繰り返していた。
校舎から出てもう少しで校門、というところで伊織が急に立ち止まる。それから照れくさそうに髪を搔き上げた。
嫌な予感しかしない。こんな時の俺の勘は、大体当たってしまうのだ。
「あのさ、碧音、翠。俺と千颯、付き合うことになったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、頭をまるで鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。
あぁ、やっぱりか……。
覚悟はしていたのだけれど、いざ現実になってしまうと途端に心が悲鳴をあげだす。最も恐れていた事態に、俺は目の前が真っ暗になった。
なんとか平静を保たねばと思いながら翠のほうを盗み見ると、俺と同じように傷ついた顔をしている。それを見た俺は、更に心をズタズタに切り裂かれた気分だった。
「そっか、よかったね。おめでとう」
俺は思ってもいない言葉を口にする。ずっと心の中では、うまくいかなければいい、って願っていたのだから。
でも、「おめでとう」という言葉は、連休中に何度も練習をしてきた台詞だ。自然に祝福できただろうか? 不安が押し寄せてくる。今の俺は、ちゃんと笑えているだろうか? 顔が引き攣っていないだろうか? それが心配だった。
「よかったですね。おめでとうございます」
翠も笑顔で二人を祝福している。翠はきちんと笑えていて、すごいなと感心してしまった。
「ありがとう」
そう伊織が照れくさそうに笑う。その横で、千颯は顔を赤らめている。悔しいけれど、そんな千颯はとても可愛かった。
「俺ももうすぐ部活を引退するから、早く帰れるようになると思うんだ。だから、これからは千颯と二人で帰るね」
「そっか、わかった」
「ごめんね、碧音」
「なんで謝るんだよ! 付き合ってるんだから、一緒に帰るのなんて当り前だろう?」
すまなそうに俺のほうを見る伊織に、胸が締めつけられる。それと同時になんて惨めなんだろう、と悲しくなってしまった。
これで俺は、伊織の傍にいることさえできなくなってしまったのだ。
「ごめんね、翠。一緒に帰れなくて」
「なんで千颯まで謝るんだよ! 気にすんなって。伊織先輩と仲良くやるんだぞ?」
「うん。もちろん。翠、ありがとう」
すまなそうに顔を曇らせる千颯に向かって翠が笑いかけると、千颯がホッとしたような顔をした。
「じゃあさ、碧音さん。これからは二人で帰りませんか?」
「え? 翠と二人で?」
「はい。残り物同士、仲良く帰りましょうよ。部活が終わるまで待っててくださいね」
「あ、うん。わかった……」
俺に笑いかける翠に、「なんで受験生の俺が翠を待ってなくちゃいけないんだよ」なんて文句を言うことなんてできなかった。
だって、俺には翠が精一杯強がっていることが手に取るようにわかってしまったから。
「残り物同士、か……」
その言葉は、俺の心にまるで氷のナイフのように突き刺さったのだった。
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