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失恋と惹かれる心⑤

「はい、駅に到着。碧音さん、濡れてないですか?」 「うん、大丈夫。翠のおかげだよ、ありがとう」 「どういたしまして」  翠はさしていた傘を畳んでからニッコリと微笑む。それから、少しだけ人気の少ない所へ俺の手を引いていった。  なんだ?と不思議に思い翠を見上げると、顔を真っ赤にさせた翠と視線が絡み合う。その表情に俺の胸が跳ね上がった。 「やっぱり少し濡れちゃいましたね。寒くないですか?」 「だい、じょうぶ……」 「風邪、ひかないようにしてくださいね」 「うん」  そう言いながら俺の前髪を優しく搔き上げてくれる。伊織はこんな風に俺に触れてくることなんてなかったから、翠に少し触れられるだけでドキドキしてしまう。 「碧音さん、知ってますか? ここにホクロあるの」 「ホクロ?」 「そう。右のおでこの生え際に、三つ並んだホクロがあるんです。いつもオリオン座みたいだなって見てました。綺麗だなって……」 「綺麗……?」 「はい」  翠が、少しだけ顔を赤らめながら俺の額を撫でる。もしかしたら、ホクロを撫でてくれているのかもしれない。  そんなところにホクロがあるなんて知らなかった……。翠の大きな手が、優しく俺の髪を撫でてくれる。それが恥ずかしくて、俺は全身に力を込めた。 「温かくして休んでくださいね」  翠の低い声が鼓膜に響いて、それだけで失神しそうになってしまう。伊織に失恋してすぐに翠にこんなにときめいてしまうなんて……。もしかしたら、俺は案外尻軽なのか? と不安になってしまった。 「俺、千颯に失恋してから、一人でいることが怖いんです。だから、こうやって碧音さんと一緒にいるとホッとする」 「翠……」 「だから、これからもこうやって一緒にいてください」 「うん。わかった。大丈夫だよ、翠」  初めて見た翠の弱気な一面に、俺の心が小さく震える。やっぱり翠は強がっているだけで、本当はすごく傷ついているんだね。俺と同じだ……。 「また明日、一緒に帰りましょうね」 「わかった。明日も翠の部活が終わるのを待ってるからね」 「絶対ですよ! 約束ですからね!」 「はいはい。約束だよ」  俺の制服の裾を掴み、少しだけ拗ねた素振りを見せる翠。つい先程まで、バスケットコートの上で部員を引っ張っていた部長には見えない。そんな翠のギャップに、少しだけときめいてしまった。  でも、その時俺は気付くことができなかった。翠の傘を持っていた方の手と反対側の肩が、雨で濡れていたことに――。  俺を大切に想ってくれる翠の優しさを、俺は見逃してしまった。

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