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ジンベイザメの夢②
「気を付けて行ってきてね」
「はい。碧音さんも寂しかったらいつでも連絡ください」
「わかった。ありがとう」
駅に着いた俺たちは、改札口の所で別れる。「バイバイ、また明日」って手を振り合って、それぞれの家路につくのだ。今日も、そんな風に翠と別れるのだと思っていた。
でも、今日の翠は、いつもと少しだけ違っていた。
「じゃあね、翠」
「…………」
「いつも送ってくれてありがとう。じゃあ、バイバイ」
俺は手を振ってから翠に背を向けた。少しだけ急がないと、いつも乗っている電車に乗り遅れちゃう……。
「待って……碧音さん!」
突然名前を呼ばれて、俺は思わず振り返る。今まで翠と別れるとき、こんな風に呼び止められたことなんてなかったから、どうしたんだろうと心配になってしまった。
「あの、碧音さん」
「なに? どうしたの?」
俺が翠ともう一度向き合うと、指先をキュッと握られる。雨に濡れて冷たくなった翠の指先が、少しだけ震えているような気がした。
こんなところを知り合いに見られたらどうしよう……。そんな不安が頭を過ったけれど、今にも泣き出しそうな顔をしている翠の手を、振り払うことなんてできない。
「なにかあった?」
俺は、翠に握られていないほうの手で、そっと頭を撫でてやる。翠の髪はサラサラしていて触り心地がいい。まるで大型犬の頭を撫でているようにも感じられて、心が温かくなった。
「翠? 大丈夫?」
そっと翠の顔を覗き込むと、目を見開いて顔を真っ赤にさせてしまう。その予想外の反応に、俺の体温が上昇していった。
「俺は……少しだけ寂しいです」
「え? 何が寂しいの?」
「だから、俺は碧音さんに三日も会えないことが寂しいんです!」
翠が、顔を真っ赤にしながら俺の手をギュッと掴んでくる。そんな翠を目の前に、俺の鼓動がどんどん速くなっていった。
これは、一体どういう意味なんだろうか……。
色々考えてみるのだけれど、頭の中が混乱してしまい上手く考えがまとまってくれない。でも、こんなにも必死に自分の思いを伝えてくれることが、俺はとても嬉しかった。
「俺、修学旅行から帰ってきたら真っ先に碧音さんの所に行きますから。だから、待っててください」
「うん、わかった」
「それに、お土産も買ってきます。それに、それに……」
「ふふっ。そんなに必死にならなくても大丈夫だよ。翠がどこか遠くの外国に引っ越しちゃうわけじゃないんだし」
「でも……俺……」
唇を尖らせながら俯く翠。長い睫毛が影を落とし、とても綺麗だった。
翠も俺と同じで、寂しいんだね。そりゃそうだ。失恋の傷は、そんな簡単に癒えるものではない。
今にも泣き出しそうな翠を見ていると、心が締め付けられるように痛んだ。
「大丈夫だよ、翠。俺はここで翠の帰りを待ってるから」
「本当ですか? 嬉しいなぁ」
「だから、気を付けて行ってきてね」
「はい。行ってきます」
嬉しそうに笑う翠の髪を、もう一度優しく撫でてやった。
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