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ジンベイザメの夢③
二年生がいない校舎はとても静かで、でも寂しく感じられる。
教室にも、体育館にも、屋上に続く階段にも翠の姿は見当たらなかった。
「二年生がいないと静かだね」
「うん。すごく静かだ」
そんな俺の隣で伊織がポツリと呟く。
翠とこんな風に仲良くならなければ、きっと二年生がいなくて寂しいだなんて思わなかっただろう。逆に静かでいいな、くらいに感じていたはずだ。
でも今の俺は違う。翠のいない学校は、寂しかった。
「なぁ、伊織。千颯に会えなくて寂しい?」
「え? 突然なに?」
急すぎる俺の問い掛けに、伊織が困惑しているのがわかる。でもこの疑問を、投げかけずにはいられなかった。
「千颯がいなくて寂しい?」
「そりゃあ、寂しいよ」
「そうだよね」
追い打ちをかけるようにもう一度問い掛けると、照れくさそうに笑いながら伊織が答える。自分から聞いておいてなんだけれど、そんな伊織を見た俺の心は締め付けられるように痛んだ。
でもそれ以上に……。
「俺も、寂しいな……」
「え? 碧音、今何か言った?」
「ううん、なんでもない」
そう感じている自分に、強い戸惑いを感じていた。
◇◆◇◆
翠が修学旅行に出掛けた早朝から、俺のスマホは大忙しだ。
『行ってきます!』
元気いっぱいのメッセージと共に、今から乗り込むであろうバスが映された写メが送られてくる。まだ布団の中にいた俺は、目を擦りながら『行ってらっしゃい。楽しんできてね』と返信したのだった。
それから事あるごとに送られてくる翠からのメール。俺は今、翠と一緒にいるわけではないのに、まるで翠と一緒に行動しているかのような錯覚に陥りそうになる。
東京駅に、羽田空港。それに機内から撮った空の映像。正午過ぎにようやく那覇空港に到着したようで『あついーーーー!』というメッセージと雲一つない空の写真が送られてくる。
「あぁ、よかった」
その写真を見た俺は、ホッと胸を撫で下ろす。飛行機が墜落するなんてことはないだろうけど、それでも心の奥底でずっと心配していたのだ。無事沖縄に着いたという知らせに、俺はようやく肩の力を抜くことができた。
それに沖縄は今、台風のシーズンだ。晴れていてよかった。きっと、楽しい修学旅行になることだろう。
「楽しんできてね」
俺は遥か遠くにいる翠にそっと語りかけた。
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