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ジンベイザメの夢⑥

 それにもかかわらず、その翌日、俺の晴れ渡った心に嵐が押し寄せる。やっぱりこの季節の沖縄は、台風を警戒しなくてはならなかったのだ。 「油断した……」  俺は頭を抱えて蹲る。それは、しとしとと雨が降り続く昼休みの出来事だった。  突然送られてきたのは、翠が友達たちと撮った写真。今はきっとグループでの自由行動の時間なのだろう。アメリカ村で撮られたであろうその写真を見た瞬間、俺の時が止まってしまった。 「なんだよ、これ」  問題の写真には数人の男子生徒と翠が映っていた。その集団は明らかに陽キャ集団で、俺が逆立ちしても関わることのない人達だ。そんな中、眩しい笑顔を見せる翠。一瞬写真を見ただけでもわかる。その陽キャ集団の中でも、翠は格別にかっこいいし目立つ存在だ。  そんな翠を見た俺は、一気に心が冷たくなっていった。やっぱり、俺と翠とじゃ住んでいる世界が違うんだ。  そんなことは、わかりきっていたのに……。あまりにも翠が仲良くしてくれるものだから、うっかり肝心なことを忘れてしまっていた。  俺は大きな溜息をつく。浮かれていた自分が段々恥ずかしくなってしまった。伊織は色々と目立つ存在ではあるけれど、翠ほどではない。翠は明らかに皆のアイドル的な存在だ。  加えて、その陽キャ集団の中に女子が混ざっていたことが更に俺をモヤモヤとさせた。その数人の女子は、俺たち三年生の中でも可愛いって有名な子たちで、やっぱり目立つ存在でもある。  俺の心に台風を到来させたのは、その子たちが原因だ。皆が翠の腕に絡み付くように抱きつき、仲良さそうに体を寄せ合っているのだ。翠もそんな女子たちを引き離すでもなく、好きなようにさせている。  この子たちは、恐らく翠に気があるのだろう。それがこの写真一枚で伝わってくるのだから不思議だ。  それが面白くなかった。 「翠の奴、いいようにさせやがって……」  沖縄の海のように澄み渡っていた俺の心に、一瞬で暗雲が立ち込める。真っ黒な雲が雨を降らせ、ついには雷まで鳴り出した。  イライラしてきてしまい、徐々に心のコントロールができなくなっていくのを感じる。唇を噛み、拳を握り締めても心は一向に落ち着きを取り戻してくれそうになかった。  どうせ俺は陰キャだから、同じグループの子たちみたいに一緒にいても楽しくないだろうし。その女の子たちみたいに可愛くもない。  やっぱり、俺と翠は不釣り合いなんだ。  どんどん卑屈になってしまい、ようやくゲットできた焼きそばパンを目の前にしても食欲が湧いてこない。 『翠、もうメールいいよ。修学旅行に集中しな』  気付いたときにはそんなメールを送信してしまっていた。いきなり突き放すようなメールを送り付けられた翠は、きっと今頃驚いていることだろう。  馬鹿なことをした……。咄嗟に後悔したけれど、今更後悔したところで後の祭りだ。俺はスマホを握り締めたまま、ズルズルとその場に座り込む。 「俺、最低だ」  俺は翠の好意を踏みにじってしまったのだ。この写真だって、翠は深く考えずに送ってきてくれたはずだから。  それなのに俺が、陽キャの友達だとか、可愛い女の子にくっつかれているだとか……一人で色々妄想して、傷ついているだけだ。本当に自分勝手な被害妄想。  そんな自分に嫌気がさしたのと同時に、翠への罪悪感がどんどん沖縄の澄み切った空に暗雲を呼び込んでいく。いつしか、台風で大しけになってしまった。

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