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ジンベイザメの夢⑧

   スマホの画面には小野寺翠という文字。俺の心臓が一気に跳ね上がる。  ブブブブッというバイブレーションの音と共に、ベッドが小さく震えた。 「ど、どうしよう……」  呼吸が止まって、体が小さく震え出す。早く出なくちゃ、と思うのに、体が強張って動いてくれない。きっと忙しいスケジュールの合間を見て電話をしてきてくれているのだろう。そんな翠の思いを無駄になんてできない。  そう思った俺は、何回か深呼吸をしてから覚悟を決めて通話ボタンを押した。 『もしもし、碧音さん。よかった、出てくれて』 「翠……」  ホッとしたような声がスマホ越しから聞こえてくる。初めて翠と電話で話をしたけど、こんな声なんだ……と耳が熱くなった。  たった数日翠の声を聞いていないだけなのに、ひどく懐かしい。鼻の奥がツンとなった。 『よかった、電話に出てくれなかったらどうしようって思った。あー、緊張した……』 「ごめん、翠。なんか俺、気を遣わせちゃって……」  きちんと謝らなくては、と思うのに最後のほうは聞き取れないほどの小声になってしまう。本当に俺は臆病者だ。 「翠、今どこにいるの?」 『部屋のベランダです。なんか碧音さん怒ってるのかなって、心配になって電話しちゃいました。すみません』 「あ、翠、俺……」 『碧音さん、何か怒ってるでしょう? 何か気に障るようなことしちゃったかなぁ。俺、無神経だから、知らないうちに何かしちゃったのかもしれない……ごめんなさい』  きっと翠は今不安そうな顔をしている。声だけでそれが伝わってきた。  俺はなんて大馬鹿野郎なんだろうか。こんなにも優しい翠を不安にさせてしまうなんて。しかも高校生活の一大イベントである修学旅行中に。自分が情けなくなってしまい、俺は唇を噛み締めた。 「違うよ、翠は何もしてない。全部俺が悪いんだ、ごめん」 『え? どういうことですか?』  翠が必死な声で食い下がってくる。そんな苦しそうな声に胸が痛んだ。 「俺、ヤキモチ妬いてたんだ」 『ヤキモチ?』 「うん。翠が俺の知らないところで、俺の知らない人たちと笑っているのが寂しかった」 『…………』  きっと、なんて愚かな奴なのだ、と呆れられてしまったことだろう。翠が黙ってしまったから沈黙が流れる。俺は、その静けさが怖かった。  でも俺は、今思っていることを素直に伝えたいと思った。これ以上、こんなにも優しい翠を困らせたくはなかったから。 「俺は翠より一つ年上だから、翠と修学旅行にいくことができない。だから、あの写真に写っている人たちが羨ましくて仕方がないんだ。俺だって、翠と一緒にジンベイザメが見たい」 『碧音さん』 「ごめん、こんな子供みたいなヤキモチを妬いて。本当にごめん。ごめん、翠」  もう謝ることしかできない。楽しい修学旅行中に嫌な思いをさせてごめん。忙しい中電話なんてさせてごめん。それに……翠の恋人でもないのにヤキモチなんか妬いて、本当にごめん。  ごめんね、翠。

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