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ジンベイザメの夢⑧
『ふふっ。なんだ、そんなことか』
「え?」
『なんか、もっと凄いことが碧音さんの中で起こってるのかなって心配しちゃったけど。そっか、ヤキモチかぁ。へぇ、ヤキモチねぇ……』
嬉しそうに「ヤキモチ」と何回か繰り返してから、翠がクスクスと笑いだす。「くだらないことで拗ねないでください」と怒られると思っていた俺は、拍子抜けしてしまい肩の力が一気に抜けていった。
『碧音さんは可愛いなぁ』
「可愛い?」
『はい。俺、ヤキモチを妬いてもらえるなんて思ってなかったから、超嬉しいです。碧音さん、ヤキモチを妬いてくれてありがとう』
「翠……」
翠はなんて純粋で優しいいい子なんだろう、と俺は感動してしまった。
『……なぁんて、本当はヤキモチを妬いて欲しくてあの写真を送ったんですけどね』
「ん? 何か言った?」
『あははは! なんでもありません!』
翠がポツリと呟いた声が聞き取れなくて思わず聞き直したら、翠がケラケラと声を出して笑いだす。その声に、心の底から安堵した。
よかった、翠が怒ってなくて。
『碧音さん、俺たちが大人になったら、沖縄に一緒に行きませんか?』
「沖縄に?」
『はい。沖縄めちゃくちゃいい所です。住みたいなって思うくらい』
「へぇ、そんなにいい所なんだ」
『だから一緒に行きましょうね』
「うん。俺、その日を楽しみにしてる。今から楽しみだなぁ」
『俺も楽しみです!』
翠と一緒に沖縄旅行……想像しただけで心がウキウキしてくる。あの悠々と泳ぐジンベイザメを実際に見てみたい。本当に翠が送ってくれた写真のような世界が、この日本に存在しているのだろうか。
「翠、たくさん写真ありがとうね」
『いえ、全然。寧ろこんなに送って迷惑かなって思ってたくらいで』
「そんなことない、俺、超嬉しかったよ」
『よかった。あの、俺……』
翠が何かを言いかけたとき、『翠、誰と長電話してんの? 彼女かぁ?』『いいなぁ、モテ男 は……』という声が聞こえてくる。どうやら同室の仲間が、長電話をしている翠を冷やかし始めたらしい。
『うっせぇな。彼女じゃないけど、大切な人と話してたの。もう切るよ』
「大切な人……」
翠が冷やかしてくる仲間にサラッと言った言葉に、俺の心臓が跳ね上がる。俺は翠にとって大切な人なんだ……。顔に熱が籠って、鼓動がどんどん速くなっていった。
『じゃあそろそろ切りますね』
「うん。あの……友達にからかわれちゃったみたいで、ごめんね?」
『大丈夫です。俺が、碧音さんの声を聞きたかっただけだから。じゃあ、明日には帰りますからお土産待っててくださいね」
「ありがとう。気を付けて帰ってきてね」
『はい。じゃあ、おやすみなさい』
「うん、おやすみ」
プツッと通話が終了した後も、俺はスマホをなかなか耳から離せずにいた。この短時間に色々な情報が頭に飛び込んできて、パンクしてしまいそうだ。
おやすみなさい。
その言葉が、特別な呪文のように聞こえてきて、胸が熱くなる。よかった、翠にきちんと謝ることができて。俺は胸を撫で下ろした。
翠との通話が終わっても、鼓動はドキドキしたままだ。伊織に失恋してから、ずっと眠れない日々が続いていた。嫌な夢ばかり見るし、朝起きると体が重たくて仕方ない。
「でも、今日は違う意味で眠れなそうだな」
俺は枕を抱き締めて、ベッドの上を転げ回ってしまった。
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