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ジンベイザメの夢⑨
翌日、『帰ってきました! 碧音さん家 の近所にある公園に来てもらえますか? お土産渡したいんです』というメッセージが翠から届く。今何時だ? と時計を見ると、夜の十時。
今帰ってきたばかりだというのに、こんな時間にわざわざ家の近所の公園まで来てくれるというのだろうか……びっくりを通り越して、申し訳ない思いに苛まれてしまう。
疲れているだろうから、ゆっくり休めばいいのに。そう思うけれど、翠に会いたいという思いがむくむくと芽を出してきてしまった。
俺は逸る気持ちを抑えて、急いでパジャマを脱ぎ捨てる。スウェットに着替えてから近所の公園へと向かった。
俺が走って公園へとたどり着くと、「おーい! 碧音さん!」と手を振る翠を見つけた。久しぶりに会った翠は、沖縄の太陽みたいに笑っている。
「あ、翠! おかえり!」
そんな翠の傍に俺は急いで駆け寄った。少し走っただけなのに息が切れて苦しいけれど、翠に会えたことでそんな苦しさも喜びに変わっていく。
よかった、元気に帰ってきてくれて。そんな嬉しさで胸が満たされていった。
「はい、碧音さん。お土産のジンベイザメ!」
「え? 何これ?」
翠が飛び切りの笑顔で脇に抱えていたものを俺の前に差し出す。突然翠に渡されたものの正体がわからなくて、俺は思わず目を見開いた。
「美ら海水族館で売ってたぬいぐるみの中で、一番大きなジンベイザメです!」
「すごい、超大きいじゃん!? 軽く一メートル以上ありそう!」
「でしょ? これを持ち歩くのは骨が折れましたよ」
「あははは! あり得ない! 大き過ぎるだろ!?」
「だって、一番大きなジンベイザメを碧音さんにあげたかったんです!」
「本当に大きい! あははは!」
「超大変でしたよ! 色んな人にジロジロ見られましたし、先生にも限度があるだろう? って怒られました」
腹を抱えて笑う俺を見て、つられて翠も笑い出した。だって、修学旅行中こんな大きなジンベイザメを抱えている翠の姿を想像するだけで可笑しくなってくる。
でもすごく嬉しい。
「ありがとう、翠。俺嬉しい」
「よかった、碧音さんが喜んでくれて」
「うん。大切にするからね」
「はい」
俺は嬉しくて、ジンベイザメを抱き締めながら頬ずりをする。ジンベイザメのぬいぐるみは柔らかくて、ほんのり潮風の香りがした。
その夜、俺は夢を見た。
それは大海原をジンベイザメに乗って冒険をする夢。そこには楽しそうに笑う、翠の姿もあった。
俺たちは広い海をジンベイザメに乗り駆け巡る。途中沈没した海賊船を見つけたり、可愛らしいイルカの群れにも遭遇した。それは、壮大な冒険で胸がドキドキしっぱなしだった。
そして翌朝、俺は一度も目を覚ますことなく朝を迎えた。こうやってちゃんと眠れたのは、本当に久しぶりだ。よく眠れたせいか体は軽いし、朝日がいつもよりキラキラと輝いて見える。
「ありがとう、翠」
そう囁いてから、俺は隣にいるジンベイザメのぬいぐるみを抱き締めたのだった。
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