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夏休みの宿題③
終業式が終われば特に部活もない三年生は、そのまま帰宅することとなる。
翠に会って「またね」と言いたかったけれど、今翠の顔を見ればきっと不安に押し潰されてしまうだろう。そう思った俺は、「また二学期にね」とメールだけを送った。
これから長い夏休みの間、翠に会うことなんてない。だから、寂しいときも苦しいときも一人で乗り切らないとならないんだ。そう思うと不安で仕方がない。俺は翠に頼り切っていたことを痛感する。
「でも、会いたい」
そう思うけれど、今翠に会ったら駄目だ……と自分に言い聞かせる。翠が部活をしている体育館まで足を運んだけれど、俺は踵を返し校門へと向かった。
「碧音さん!」
突然名前を呼ばれた俺は慌てて振り返る。俺の視線の先にはユニフォームに身を包んだ翠が立っていた。あ……と俺の心臓がトクンと跳ねた。翠の顔を見ただけで、目頭が熱くなってしまう。
「翠」
俺は会いたくて仕方のなかった人物の名を呟く。たったそれだけで、鼓動がどんどん速くなっていった。
「碧音さん、俺、夏休み中毎日メールします。あ、電話もしてもいいですか?」
「翠、俺……」
「俺、寂しいときに碧音さんの声が聞きたいです」
照れくさそうに笑う翠。きっと部活を抜け出して俺の元へと来てくれたのだろう。それが嬉しくて胸が熱くなる。翠はいつも優しい……怖いくらいに。
「うん。いつでも電話してきて。待ってるから」
「本当ですか? 嬉しい」
頬を赤らめながら笑う翠に胸が締め付けられる。明日からこうやって翠の顔を見ることのない現実を、俺は受け入れることができずにいた。
「翠、俺寂しい」
「はい? ごめんなさい、聞こえなかった」
思わず本音がこぼれた瞬間チャイムが鳴り、俺の小さな声は搔き消されてしまう。あぁ、翠に聞こえなくてよかった……と俺は胸を撫で下ろした。
「また二学期に会おうね」
「はい!」
「じゃあ、またね」
「碧音さん、気を付けて帰ってくださいね」
俺が笑いかけると、翠も笑ってくれる。俺の心は孤独に押しつぶされそうなのに、とても幸せだった。
「ごめん、碧音さん。ちょっとだけ」
「ちょ、ちょっと待って、翠」
「駄目。待たない」
翠は物凄い力で俺の体を抱き寄せる。力で翠に勝てるはずのない俺は、翠の腕の中に簡単に捕らわれてしまった。
「泣きたいときは電話ください。俺、飛んでくから」
「ありがとう」
「汗臭いだろうけど、もう少しこのままでいてください。碧音さんを充電したいから……」
「――うん、いいよ」
こんな風に男同士が抱き合っているところを誰かに見られたら、きっと大騒ぎになることだろう。でも今の俺は、そんなことなどどうでもよかった。
だって翠と離れている間、寂しさに圧し潰されないように俺だって翠を充電しておかなくちゃ。この逞しい腕も、頬にかかる熱い吐息も、温かな体温も……全てを心に刻みつけて、俺は一人で孤独と戦うんだ。
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