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夏休みの宿題④
翠と会えない夏休みは、思っていた以上に寂しかった。でもいざとなると「寂しい」なんて電話できるはずもない。俺は何度も翠に電話をかけようとして、スマホをベッドに放り投げる……を繰り返していた。
終業式の日、クラスメイトの楽しそうな会話に聞き耳をたてていると、知りたくもないような情報が耳に入ってきてしまう。
「俺、夏休み中に彼女と初体験を済ませるんだ!」
「おー! ついにか⁉」
「おう! こんなビッグチャンス逃せねぇよ!」
その会話に俺は強い衝撃を受けてしまう。初体験……俺は、何度か頭の中でその言葉を繰り返す。
「そうか、夏休みってそういう時期でもあるんだ」
それに気付かされた俺は、思わず息を呑む。そして、伊織と千颯のことを思い出した。
あの二人は、一体どこまで進んだのだろうか? そう考え出してしまうと、妄想は一気に加速してしまった。
もしかしたら、今頃二人でいるのかもしれない。抱き合っていたらどうしよう……。
考えなくてもいいことを必死に考えて、俺は泣きたくなってしまった。
そんな出来事があったから、俺は親に頼んで夏期講習に通うことにした。きっと忙しい時間を送っていれば、余計なことを考えずに済むだろうと思ったのだ。
それでも、俺の脳内にはベッドで愛し合う伊織と千颯の姿がリアルに思い起こされてしまう。
「駄目だ、駄目だ、駄目だ!」
俺は頭を振って雑念を追い払った。こんなことばかり考えていたら、心が壊れてしまう。そんなことはわかりきっているのに……。俺の頭は考えることをやめてはくれなかった。
時折「また四人で遊ばないか?」というメールが伊織から届いたけれど、「塾通いで忙しいんだ」と俺はその誘いを断り続けた。
「心がぶっ壊れる……」
蝉の大合唱を聞いていると、暑さが余計に身に堪えるような気がする。少し外にいるだけで、汗が止まらない。加えて、心の傷のほうもズキズキと痛んだ。
時々居ても立っても居られない衝動に駆られて、涙が溢れ出してしまうこともある。そんな時、翠の顔が頭を過るけれど、夏の大会に向けて一生懸命部活に励んでいるだろう翠に迷惑をかけることなんてできない。
翠が沖縄から買ってきてくれたジンベイザメが、こちらを見て笑っている。
「ジンベイザメ、行ってくるね」
じんわりと滲む涙を手のひらで拭って、俺は夏期講習へと向かったのだった。
それでも、時々届く翠からの俺を気遣う優しいメール。それに縋りつきたい衝動を必死に堪えた。だって俺は、翠に頼らず夏休みを乗り切るって決めたのだから。
夏休みは早く終わってほしいけど、新学期が始まることも怖くて仕方がなかった。
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