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夏休みの宿題⑦
それから二人で勉強を始めたものの、翠は十分もしないうちに飽きてしまったらしく、ペンを片手でクルクルと回して遊び出してしまう。本当に子供みたいだ。
俺はそんな翠に構わず黙々と勉強を続ける。俺だって受験生だから、勉強をしなければならない。
「あー、これどうやって解くんだっけ……」
数学の問題に苦戦していると、サラッと髪を搔き上げられる感覚に、思わず体が飛び跳ねた。
「な、なんだよ急に⁉ びっくりするじゃん!」
「だって、あまりにも真剣に勉強してるから、邪魔したくなっちゃった」
「意地が悪い……」
俺が顔を真っ赤にさせながらクレームをつけても、翠は楽しそうに笑っている。翠が髪を撫でる手つきがくすぐったくて、思わず肩を上げた。
「久しぶりに見た、碧音さんの顔……」
「え?」
「俺、ずっと碧音さんに会いたかったです」
翠が俺の髪を自分の指にクルクルと巻きつけながら頬を赤らめた。
誰かに見られちゃう……。俺は思わずギュッと目を瞑る。でも、不思議と翠の手を振り払おうなんて思わないから不思議だ。
「大丈夫。誰もこっちを見てないから」
俺の反応を見た翠が、クスクスと笑いだした。
「す、翠、宿題は? ちゃんとやらなきゃ終わらないよ」
「宿題? そんなの碧音さんを呼び出すための口実です。碧音さん、夏休みになってから全然構ってくれないんだもん。勉強だって言えば会ってくれると思ったから、嘘ついちゃいました。ごめんなさい」
そう言いながら首を竦める翠。それでも、嘘をつかれて腹が立つなんて全然思わない。寧ろ、そんな嘘がとても可愛らしく感じられた。
「碧音さんに会えて嬉しい」
幸せそうに笑いながら、翠の指先が俺の頬を通って首筋を撫でる。その指先が意地悪く動くものだから、駄目だ、もう限界……。
「あははは! 翠、くすぐったいって!」
俺はここが図書室だということも忘れて、声を出して笑ってしまう。そんな俺を見て翠が楽しそうに笑った。
「シーッ! 大きな声を出したら怒られちゃいますよ?」
「だって翠がわざとくすぐるから……」
「ごめんね? 碧音さんが可愛くて、つい触ってみたくなっちゃいました」
俺の心臓はドキドキと賑やかで、まるでオーケストラのようだ。
でも、俺も会いたかった……って素直に言葉にすることができない。そんな自分がもどかしくて仕方がなかった。
「明日も図書室にきてくださいね。じゃないと俺、宿題が終わらないですから」
「はじめから宿題をやる気なんかないくせに……」
「フフッ、バレた?」
俺は翠と顔を見合わせて笑う。久しぶりに翠に会えたことが嬉しくて、俺は胸がいっぱいになってしまった。
夏休み後半は、翠と図書室で勉強の毎日。
翠が率いる新バスケ部は、県大会準優勝という華々しい結果を残したらしい。いきなり輝かしい成績を残した翠が、とても誇らしく感じられた。
翠と会えたことで、俺の心が少しずつ癒されていくのを感じる。翠と一緒にいられることが嬉しくて、俺は寂しさを忘れることができたのだった。
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