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ファーストキス②
新学期が始まってすぐ行われることといえば、始業式だ。普段つるんでいる友達の影に隠れながら体育館に移動すると、一、二年生は既に整列しているようだ。
大勢の生徒が集合している体育館は、弱い冷房がかかっているもののひどく蒸し暑い。でも、この体育館の中に翠がいるんだ……。そう思うと、変に緊張してきてしまう。最終的には「体調でも悪いのか?」と友達から心配される始末だ。
その時ふと視線を感じたからそちらを見ると、翠がこちらを向いていた。
あ、翠だ……。
俺の中の時が止まった気がする。鼓動の音がうるさいくらい鼓膜に響いた。
夏休み中に髪が伸びて、そのせいだろうか。少し大人びて見えた。でもやっぱり翠はかっこいい。背の順で並ぶと俺は真ん中辺りなのに、翠は一番後ろのようだ。
俺と視線が合った瞬間、翠が寂しそうに笑ってから軽く会釈をする。そんな他人行儀な行動に、心がズキンと痛んだ。俺は会釈を返すことさえできず唇を噛んで俯く。
校長先生のとりとめのない話が、普段以上に頭に入ってこない。翠の寂しそうな顔を思い出す度に、心が張り裂けんばかりに痛んだ。
背の高い翠は全校生徒の中でもよく目立つ。二年生は三年生の前に並んでいるから、背の高い翠を俺は簡単に見つけることができる。時々周りの友達にちょっかいをかけられては、クスクス笑っている翠。そんな翠の後ろ姿を、俺は見つめることしかできなかった。
始業式が終わって教室に戻ると、更に追い打ちをかける出来事が俺を待ち構えていた。
「明後日行われる、球技大会の出場競技を決めたいと思います」
球技大会実行委員が、黒板に球技大会の競技を書き始めている。
そうだ、すっかり忘れてた……。俺は頭を抱えて机に突っ伏す。俺が通う高校は、二学期が始まってすぐに球技大会が開催されるのだ。
「夏休みで鈍った体を動かそう」という名目らしいが、運動音痴からしてみたら本当に迷惑な行事の一つだ。更に他学年の生徒と親交を深めようということで、他学年と試合をすることとなる。
球技大会実行委員は運動神経のいい奴らがやることだし、球技なんて俺には全くセンスがない。そんな俺からしてみたら、参加するのではなく応援していたいと思ってしまう。
卓球か玉入れはないだろうか? そんなことを必死に願ってしまう。そんな願いも空しく黒板に書かれた球技は、バスケットボールにバレーボール。それにドッヂボールとサッカーだった。
「あー、詰んだ」
どの球技も運動音痴にはハードルが高すぎるものだ。
きっと伊織と翠はバスケットボールを選ぶだろう。去年も大活躍していたし。二人の活躍する姿が早くも目に浮かぶようだ。
「卓球と玉入れないのかよ……。せめて大玉転がし……」
俺は頭を掻き毟る。どの競技を選んでも、足を引っ張ることしかできないのは目に見えている。どれが一番無難だろうか……。必死に考えているうちに、立候補をした生徒から順に次々と出場する競技が決まっていく。俺はそれを他人事のように眺めていた。
「碧音、ドッヂボールしか残ってないけど、ドッヂボールでいい?」
「え、あ、うん。大丈夫」
「OK。じゃあこれで全員決まり。みんなよろしくお願いします!」
球技大会実行委員がホッとしたように笑う。案外スムーズに決まったようだ。
俺は結局何に立候補していいのかがわからず、残り物のドッヂボールに出場することとなった。「大丈夫か?」と聞かれたから「大丈夫」だと答えたけれど、本当は全然大丈夫なんかじゃない。
ドッヂボールのルールはわかるけれど、きっと足手まといにしかならないだろう。
「あぁ、嫌だなぁ」
俺は大きく息を吐く。新学期早々、憂鬱なことばかりが起きて、俺は泣きたくなってしまった。
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