47 / 68

ファーストキス③

 始業式の日、「用があるから」と部活で残っていた翠を置いて先に帰宅してしまった俺。駅に向かう途中、心が締め付けられるように痛んだ。  きっと翠は俺に避けられているって気が付いているだろう。あいつは、勉強は苦手だけれど賢いから。そう思うと、罪悪感で胸が圧し潰されそうになった。  駅に向かう途中、溢れ出しそうになった涙を手の甲で拭う。なんて俺は、嫌な奴なんだろう……。  自分が情けなく感じて、消えてしまいたくなった。  その日の夜、翠から電話がかかってくる。出ようか、このまま無視しようか悩んだけれど、俺は通話のボタンをタップする。これ以上、翠を傷つけ続けることが辛くなってしまっていたから。だって、翠は何も悪いことなんてしていない。  全部、俺の独りよがりの被害妄想だ。でも俺は、怖くて仕方がなかった。 「もしもし」 『あ、碧音さん。よかった、出てくれて。もう電話にも出てくれないかと思った』 「ごめん、翠」 『ううん。大丈夫です』  そんな翠の声は、疲れているように感じられる。俺の胸が、再びズキズキと痛み始めた。 『最近、碧音さんがなんか変だから。ちょっと心配だったんです。すみません、電話なんかしちゃって』 「べ、別に、大丈夫だよ」 『あの、碧音さん。聞いてもいいですか?』 「あ、うん。どうした?」  少しだけ戸惑いを含んだ翠の声に、思わず言葉を詰まらせそうになってしまう。これ以上詮索しないでほしい……。俺のスマホを持つ手が小さく震え出した。 『碧音さん。夏休みの終わりから、俺のことを避けてますよね?』 「え?」 『俺、また何かしちゃったかな……』  不安そうな翠の声に、俺の鼓膜が震える。やっぱり翠は気付いていたんだ。俺が翠を避けてるっていうことに。  あぁ、俺は何をやってるんだろう……。胸が痛くて心が壊れてしまいそうだ。あんなに優しい翠を、こんなにも不安にさせてしまっている自分が、本当に情けなかった。 「別に避けてなんか……」 『嘘だ。あれで避けてないなんて……。いくら鈍感な俺でも気が付きますよ』 「翠……」 『…………』  二人共黙ってしまったものだから、気まずい沈黙が流れる。その沈黙が苦しくて、ギュッと唇を噛み締めた。 「ちょっと最近、受験のことで忙しいだけだから。別に翠を避けてなんかいない」 『でも……」 「俺は翠を避けてない。避けてないよ』 『……わかりました』  俺の苦しい言い訳に、翠が少しの空白の後、そう答える。きっと納得なんてしていないはずだ。でもそれ以上翠が追及してこないことに、俺は安堵する。 「じゃあ、もう切るね」 『はい。急に電話してすみませんでした』 「ううん。大丈夫だよ。じゃあね」  そう告げると、俺は電話を切った。  寂しそうな翠の声に、俺の視界が涙でユラユラと揺れる。目頭が熱くなって、少しでも力を緩めたら涙が溢れてしまいそうだ。 「ごめん、ごめん、翠。俺は翠が大切だから、傷の舐め合いなんかしたくない」  今更本音を吐露したところで、俺の言葉なんて翠には届くはずなんてない。  俺と翠は、失恋をして、二人共残り物になってしまったことがきっかけで仲良くなった。でも俺は、始まりのきっかけが何だったとしても、翠と失恋の傷を舐め合うだけの関係なんか嫌なんだ。  じゃあ俺は、一体翠とどういう関係になりたいのだろうか? そう誰かに問われても、答えることなんてできないけれど……。  新学期がこんなに憂鬱だというのに、明後日行われる球技大会が、更に俺を憂鬱にさせていった。  

ともだちにシェアしよう!