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ファーストキス③
始業式の日、「用があるから」と部活で残っていた翠を置いて先に帰宅してしまった俺。駅に向かう途中、心が締め付けられるように痛んだ。
きっと翠は俺に避けられているって気が付いているだろう。あいつは、勉強は苦手だけれど賢いから。そう思うと、罪悪感で胸が圧し潰されそうになった。
駅に向かう途中、溢れ出しそうになった涙を手の甲で拭う。なんて俺は、嫌な奴なんだろう……。
自分が情けなく感じて、消えてしまいたくなった。
その日の夜、翠から電話がかかってくる。出ようか、このまま無視しようか悩んだけれど、俺は通話のボタンをタップする。これ以上、翠を傷つけ続けることが辛くなってしまっていたから。だって、翠は何も悪いことなんてしていない。
全部、俺の独りよがりの被害妄想だ。でも俺は、怖くて仕方がなかった。
「もしもし」
『あ、碧音さん。よかった、出てくれて。もう電話にも出てくれないかと思った』
「ごめん、翠」
『ううん。大丈夫です』
そんな翠の声は、疲れているように感じられる。俺の胸が、再びズキズキと痛み始めた。
『最近、碧音さんがなんか変だから。ちょっと心配だったんです。すみません、電話なんかしちゃって』
「べ、別に、大丈夫だよ」
『あの、碧音さん。聞いてもいいですか?』
「あ、うん。どうした?」
少しだけ戸惑いを含んだ翠の声に、思わず言葉を詰まらせそうになってしまう。これ以上詮索しないでほしい……。俺のスマホを持つ手が小さく震え出した。
『碧音さん。夏休みの終わりから、俺のことを避けてますよね?』
「え?」
『俺、また何かしちゃったかな……』
不安そうな翠の声に、俺の鼓膜が震える。やっぱり翠は気付いていたんだ。俺が翠を避けてるっていうことに。
あぁ、俺は何をやってるんだろう……。胸が痛くて心が壊れてしまいそうだ。あんなに優しい翠を、こんなにも不安にさせてしまっている自分が、本当に情けなかった。
「別に避けてなんか……」
『嘘だ。あれで避けてないなんて……。いくら鈍感な俺でも気が付きますよ』
「翠……」
『…………』
二人共黙ってしまったものだから、気まずい沈黙が流れる。その沈黙が苦しくて、ギュッと唇を噛み締めた。
「ちょっと最近、受験のことで忙しいだけだから。別に翠を避けてなんかいない」
『でも……」
「俺は翠を避けてない。避けてないよ』
『……わかりました』
俺の苦しい言い訳に、翠が少しの空白の後、そう答える。きっと納得なんてしていないはずだ。でもそれ以上翠が追及してこないことに、俺は安堵する。
「じゃあ、もう切るね」
『はい。急に電話してすみませんでした』
「ううん。大丈夫だよ。じゃあね」
そう告げると、俺は電話を切った。
寂しそうな翠の声に、俺の視界が涙でユラユラと揺れる。目頭が熱くなって、少しでも力を緩めたら涙が溢れてしまいそうだ。
「ごめん、ごめん、翠。俺は翠が大切だから、傷の舐め合いなんかしたくない」
今更本音を吐露したところで、俺の言葉なんて翠には届くはずなんてない。
俺と翠は、失恋をして、二人共残り物になってしまったことがきっかけで仲良くなった。でも俺は、始まりのきっかけが何だったとしても、翠と失恋の傷を舐め合うだけの関係なんか嫌なんだ。
じゃあ俺は、一体翠とどういう関係になりたいのだろうか? そう誰かに問われても、答えることなんてできないけれど……。
新学期がこんなに憂鬱だというのに、明後日行われる球技大会が、更に俺を憂鬱にさせていった。
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