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ファーストキス⑤
そして訪れた、球技大会当日。学校はいつもと違う熱気に満ち溢れていた。
球技大会実行委員に配られたクラスカラーでもある黄色の鉢巻きを巻いた俺は、早くも憂鬱だ。こんなトロイ俺が、果たしてドッヂボールなんてできるのだろうか? いや、できるはずなんてない……。
今年伊織はバスケットボールではなく、サッカーに出場するようだ。サッカーは唯一校庭で行われる競技だから、伊織が体育館にいないことだけが救いのように感じられた。
「伊織に無様な姿を見られなくて本当によかった」
俺はそっと胸を撫で下ろす。
「開会式があるから、みんな体育館に移動してください!」
球技大会実行委員の指示に従い、俺は重たい足取りで体育館へ向かったのだった。
球技大会の開会式が終わっただけで、俺はどっと疲れを感じてしまう。元気に満ち溢れた選手宣誓に、競技開始前にクラスごとに円陣を組んだのだが……それだけで、陰キャの俺はいっぱいいっぱいになってしまう。
「高校生活最後の球技大会! 総合優勝を狙うぞ!」
「よっしゃー‼」
意気込むクラスメイトを横目に、俺は溜息をつくことしかできない。球技大会なんて早く終わればいいのに……そう心の中で祈り続ける。願わくば、一回戦敗退。これが一番好ましい。そしたら午後はのんびりとクラスメイトを応援すればいいのだから。
「はぁ……。こういう雰囲気苦手だ」
俺の溜息は、生徒たちの声援に掻き消されていった。
◇◆◇◆
「やったじゃん! 碧音!」
「本当だよ! お前逃げ足速いのな!」
「全然そんなことないよ……」
俺の願いは空しく、俺のクラスのドッヂボール班は、順調に勝ち進んでいる。
今まで自分でも気が付かなかったけれど、どうやら俺はドッヂボールが苦手ではないらしい。というより、逃げ足が速いようだ。
敵チームは俺に向かいボールを投げてくるのだけれど、寸前のところで俺はヒョイっと避 けることができる。コートの中を金魚すくいの金魚のように逃げ回っているうちに、元ハンドボール部の連中がどんどん相手チームの内野を倒してくれるのだ。
なんやかんやで活躍している俺は「やだ、碧音先輩可愛い」「碧音、頑張って!」なんて女子生徒から歓声を浴びる一幕もあったくらいだ。
一回戦、二回戦と勝ち進み、準決勝では優勝候補とされている二年生のクラスと対戦することとなる。そのクラスは、現ハンドボール部のメンバーが数人いて、物凄く速い球を投げてくるらしい。しかもそのクラスは、どうやら翠のクラスのようだ。
そんな翠は、今年はバレーボールに出場していて大活躍をしているらしい。運動神経がいい翠は、バスケットボールだけじゃなくてバレーボールもできるんだ……と感心してしまった。
「翠先輩、めっちゃかっこいい!」
「翠君、頑張って!」
「ナイスキー! 翠、凄い!」
先程から翠の姿を一目見ようと大勢の女子が詰めかけ、体育館の中は黄色い声援が飛び交っている。翠がアタックを決めるだけで、体育館が揺れる程の声援に包まれた。
背の高い翠はそれを生かし、現役バレーボール部員さえも圧倒してしまっているようだ。
やっぱり翠は女子生徒からモテる。女子生徒だけじゃなくて、たくさんの友達がいつも傍にいて、翠の周りは笑い声で溢れていた。
去年は翠と今みたいに仲良くはなかったから、翠を意識して見ることなんてなかった。でも翠はやっぱりかっこいい。
高くジャンプする姿も、仲間のミスをフォローするためにコート内を走り回る姿も……どれをとっても様になる。女子生徒が騒ぎ立てる気持ちが、俺にはよくわかった。
「碧音、行くぞ」
「あ、うん」
「また頼むな」
「はは……ッ。できるだけ頑張るよ」
俺はそんな声援を聞きながら、苦笑いを浮かべて準決勝が行われるコートに向かったのだった。
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